談春 でも、書く仕事は自分で選んできたんでしょう?
酒井 選んだというか、そこしか道がなくて、平均台の上を歩くかのようにしてきました。
談春 「これしかない」ということを続けてきた点では、共通しますね。それにお互い、講談社エッセイ賞を受賞した。
酒井 入門してから真打になるまでのことを書かれた『赤めだか』、名作です。
談春 酒井さん、受賞パーティーの二次会に残ってくれて。「ずるい!」と言われたのを今でも覚えてます。「なんで?」「私、この賞を取るまでに何年かかったと思ってるの!」って。あの言葉が胸に引っかかって、俺、二度と書かなかった。
酒井 え~っ! そんなマズいことを言ってしまったとは。もっと書いていただきたいのに。
談春 ギャンブルの師匠から、「あんた、珍しいね。負けてる時に華がある」って言われたの。「上向きの時は猫背になってどんどん声も小さくなるし、気配を消そうとする。負けると上機嫌で、ワーワーはしゃぐ」って。普通は、勝った時にはしゃぐんだろうけど。
酒井 カッコイイですね。
談春 僕は、勝っている時のほうが嫌なんです。負けてる時に、格好つけて奥歯を嚙みしめることは誰でもできる。でも人間って、勝ってる時ほど本性を隠せなくなるから。『赤めだか』で賞をいただいても、ドラマで評判になった時も、浮かれている、その気になっていると思われたくなかった。だから、「次も」と言われても断ったの。
酒井 普通の人なら、ほいほい書くのに。
談春 本音を言えば、『赤めだか』を超えるものは書けない。だって立川談志のことを書いたら、誰が書いても面白いんだもん。