「なぜ、あえて婚姻届を提出したのかといえば、私たちの将来を考えて。たとえば病気になった際、手術の同意書にサインができるのは家族だけだからです」(撮影:大河内禎)
初の小説『疼くひと』で70代の性愛を描いた松井久子さん。本の刊行から半年もたたぬうち、自身に「奇跡」と思える予期せぬ出会いがあり、2022年夏に思想史家の子安宣邦さんと婚姻届を提出しました。初対面から1年を経ずしての決断。その理由は──。
(構成=丸山あかね 撮影=大河内禎)

「天からのご褒美」に感謝して

2022年7月、フェイスブックに「89歳と76歳、結婚しました」と投稿したら、コメント欄に祝福の言葉を800件以上もいただきました。反響の大きさにびっくり。もちろん嬉しかったのだけれど、「へぇ~」と思ったのも事実です。「結婚」という言葉の影響力は絶大。世間に認知されるというのはこういうことかと痛感しました。

その2ヵ月前、「子安先生と京都嵐山に来ています」とツーショットを投稿した時には、「いいところですね」といったコメントが25件ほど。きっと多くの方が、すでに性別を超越した後期高齢者の二人が歴史を訪ねる旅を楽しんでいると受け止めたのでしょう。私たちが恋愛関係であることを知っていた友人も、静観してくれていたようです。

とはいえ、私は世間の人に二人の関係を認めてほしいと望んでいたわけではありません。大切なのは二人が信頼で結ばれ、パートナーとして認め合うこと。先生とも、結婚にこだわることはないと意見が一致していました。

それがいま、妻だけ姓が変わるなんて不平等で腹が立つと思いながら、法的な手続きに追われています。ではなぜ、あえて婚姻届を提出したのかといえば、私たちの将来を考えて。たとえば病気になった際、手術の同意書にサインができるのは家族だけだからです。

同世代の女友達のなかには、親に続き夫の介護に直面して大きな試練だと受け止めている人もいます。そうした人からすれば、一人で気ままに生きてきた私が、なぜ今さら一回り以上も年上の男性と結婚して、介護を買って出るような真似をするのかと、理解に苦しむかもしれませんね。でも、私の中には自然と「先生の力になりたい」という気持ちが生まれていました。

私には親の介護をきょうだいに任せてしまったという負い目があって、人としてやり残していることがあるような気がしていた。それも真実なのだけれど、彼と出会えたことは奇跡としかいいようがない。「天からのご褒美」だと感謝しています。