「病気を受け入れよう。彼が芦屋小雁であり続けるために、病気もろとも発信していこう」と心が決まりました。(寛子さん)

公表したら、すっと霧が晴れた

――2017年4月頃、自宅のある京都から大阪に行った時に「ここどこ?」と口にした小雁さん。翌月には血管性認知症の疑いと診断された。さらに10月、舞台の本番直前に自分が何をするのかわからなくなる。今でこそ明るい寛子さんだが、その頃が一番苦しかったという。

寛子 つい言っちゃうんですね。「なんでわからへんの」とか、「なんで間違えんの」とか……。すると小雁さんはシュンとなったり、ガーッと反発したりする。目を離した隙にいなくなることもありました。

しかも、私は小雁さんのマネージャーでもあるので、芦屋小雁への仕事の依頼も受けるでしょう。病気を隠したい気持ちと、不義理をする後ろめたさと……。いろんなことがいっぺんに押し寄せてきて、限界でした。

 

――転機が訪れたのは、2018年。テレビ番組『爆報! THEフライデー』の出演依頼に「小雁はもう無理なんです。認知症ですから」と本音をぶつけた時だった。その後ディレクターからの説得を受け、同番組で病を公表する。

寛子 番組内のインタビューで、ディレクターさんの質問に答えるうちに、私の考えがどんどん整理されていきました。カウンセリングって、きっとこんな感じなんでしょうね。片や、小雁さんは、何を聞かれても「僕は一生、芦屋小雁でいる。最後まで仕事をしたい」とブレない。その姿を見て、「私は小雁さんが芦屋小雁でいるために、どうしたらいいかを考えればいいんだ」と、霧が晴れるように方向性が見えたんです。

「病気を受け入れよう。彼が芦屋小雁であり続けるために、病気もろとも発信していこう」と心が決まりました。病の公表から4年、イベントにも積極的に参加しています。そうしたらなんと、要介護4やったのに、今年から3になったんです。徘徊がなくなり、仕事への意欲が顕著になったからですって。本当に嬉しい。

小雁 (ささやくように)おにぎり、食べたいな。

寛子 おにぎり?

小雁 3つ、食べたい。

寛子 とりあえず1つにしときましょうか。

小雁 (仕方がないなあという顔で食べ始める)