「決算期前」の下心
占いで購入話が流れたのは、きっとベテラン不動産マンのT氏にとって初めての経験だったに違いありません。すごくがっかりした様子でした。怒らせたかもしれません。すみませんと言いながら、でも実は、私はほっとしていました。やっぱりダメだった、申し込みを入れる前で良かった、と内心、思ったのです。というのも、O氏の答えを待っている間に散策したD駅前の雰囲気がイマイチ、気に入らなかったのです。同じ沿線のB駅、C駅とは、全然違いました。あまり柄がよろしくないというか、なんとなく暗い印象を持ちました。
これも「不動産あるある」ですが、不動産業者の車に乗せてもらって、物件に案内されるのは危険です。物件から物件に移動すると便利で効率的ですが、街のことを肌で知る機会を逸するからです。駅前の雰囲気や、駅から物件までの道を確認しないと、その街に住みたいと思えるか、住んでいいかの判断が出来ません。ですから、私はいつも、事前に駅から物件までの道を確認しておくか、駅から徒歩で行って現地で不動産業者と合流するようにしています。
ところが、この日、このD駅前の物件に限っては、珍しく、T氏の車で向かったのです。しかも、内見した時に、つい欲が出ました。ときは2月下旬です。3月末の決算期を前に、業者は売り急ぎ、指し値に応えて価格を下げてくる可能性があります。銀行も期末で、今年度の融資実績を稼ぐために、無理筋でも融資を通してくれるかもしれません。そんな下心が、本当にこの物件でいいの?という心の声をかき消して、「ここなら決めてもいいかも」と思わせたのです。
でも、占い師O氏に「ダメだ」と言われて目が覚めました。そう、この物件は「どうしてもここがいい」と気に入った部屋でもなければ、この街なら住みたいと思える駅でもありませんでした。年度末に急遽1件成約が増えるかもと、ぬか喜びさせたT氏には気の毒でしたけれど。
しかも、このD駅の物件を境に、いよいよ私は「これでいいのか?」と思い始めました。なんだか手段と目的がすり替わってしまった気がしたからです。何のために家を買うんでしたっけ? もともと、実家近くに住み替えたかったからです。どうせなら、気に入った部屋を、買えるなら買って住みたい。そう思っていたはずなのに、予算ありきで、あれも諦め、これも諦め、しているうちに、流されて、好きでもない、気に入ってもいない街や部屋を選んでしまうところでした。さらに、リフォーム後の物件を見れば見るほど、「ここがもう少しこうだったらいいのにな」という違和が目に付くようになりました。「違う、これは私が住みたい部屋じゃない、私の部屋じゃない」という感覚が徐々に膨らんでいきました。