「AC、DV、ハラスメントなど、言葉によって問題が可視化されるんです。あらゆる現実は、名前がない限り存在しないことになりますから」(信田さん)

今を知るために90年代を振り返る

信田 ところで、『黄色い家』の舞台を90年代にしようと思ったのはなぜなんですか?

川上 70年代生まれの私にとって、90年代は青春を送った時代。その頃の私たちが吸収していた文化は、70年代前後のリバイバル・カルチャーなんです。当時読んだ小説も、40歳前後になった作家が自分たちの青春を振り返る形で70年代を描いたものが多かった。村上春樹さんの『ノルウェイの森』もそう。

70年代前後の出来事が90年代に投影されているように、2020年代の今を知るためには90年代を振り返ることでわかることがある。ある時代を物語化するのには、だいたい25年くらいが必要なのかな。90年代を書くのは今しかないと思ったのです。それは小説家としての勘かもしれません。

信田 なるほど。

川上 カード詐欺、暴力団対策法の制定と半グレの登場、ネット社会、顔が見えない匿名性、核家族化――。実際、90年代は、今、問題になっていることがあらわれ始めた時期なんです。

信田 90年代とおっしゃったけど、私は1995年転機説を唱えています。阪神・淡路大震災が95年。震災がもたらした心の外傷ということで「トラウマ」という言葉が広く知られるようになり、震災後の混乱のなか、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きています。

その年に私は原宿カウンセリングセンターを設立し、アダルト・チルドレン(AC)という言葉の登場とともに、母親たちのグループカウンセリングを始めました。