川上 トラウマという言葉はこの時代が生んだ言葉ですよね。『黄色い家』でも、花が黄美子に出会うのが95年。起点ですね。

信田 AC、DV、ハラスメントなど、言葉によって問題が可視化されるんです。あらゆる現実は、名前がない限り存在しないことになりますから。性虐待やヤングケアラー、宗教二世もそう。だから、どんどん名前をつけていかないとね。それによって、本来は負わなくていい責任や苦しみを背負った人たちが救われることに繋がるのではないでしょうか。

川上 花が陥っていく《悪》を書きながらも、私は自分が世界に対してどういう姿勢でいればいいか、今なお定まっていません。ただ言えることは、人が苦しんだり、痛がったりすることはどうにかして世の中から取り除いていきたい。それが、小説を書くことと読むことと、どう呼応するのか。考えている途中です。

信田 個人の力ではどうしようもない問題が、この社会には多くある。だからこそ、せめて身近な人たち、家族との関係においては、支配や差別をしないようにしたいですね。安心できる関係づくりに必要なのは、距離だと思います。

愛とかケアは、時に距離を失わせますから。少し離れていても相手と繋がることはできる。さみしさはあるかもしれませんが、花の姿からそんな新しい希望を感じました。