(構成=福永妙子 撮影=玉置順子(t.cube))
手持ちのカードで生き抜く
信田 『黄色い家』、大変興味深く拝読しました。日本には、困窮しているのにどこからも支援の手が届かず、今いる環境から抜けられそうもない子ども、そして大人たちが確実に存在する。それは、私の仕事を通しても、メディアで見聞きする事件でも承知しています。そうした人たちのことをここまで書かれたのはすごいなと思いました。
川上 ありがとうございます。自分の体験に材をとるのはもちろんですが、社会や世界に響き合うさまざまな人たちのボイス(声)によって、私は小説を書かせてもらっている。だからこそ、臨床心理士として社会のど真ん中でボイスを聞いてきた信田さんがどんなふうに読んでくださるのかと緊張していたので、ほっとしました。
信田 主人公の花(はな)がおかれている母子家庭の貧困をはじめ、虐待、DV、セクシュアリティ、在日外国人の問題、近年よく耳にするカード犯罪など、この小説は現代社会に存在するさまざまな問題を含んでいる。
私は薬物やアルコールなど依存症のカウンセリングに取り組んできましたが、ダルク(薬物依存症からの回復をサポートする施設)や女性依存症者の共同住居などとも繋がりが多く、また自助グループのメンバーとも長年のお付き合いがあります。
そんな交流を通して出会う方たちの背景には、こういった社会問題があることが多いですね。支援機関に繋がれた人は、ラッキーだと言えるのかもしれません。この小説の花のように自分で何とかしようと頑張ってしまうと、公的支援に繋がりにくいですから。
川上 花は真面目で責任感があって、働き者ですよね。私自身もシングルマザーの家庭で育ち、14歳からアルバイトをするなど、花のような友達もたくさんいる環境で育ってきたので、この世界のことを知っています。
小説を読んで「もっと社会の支援を」「手を差し伸べなければ」と言う人はいると思いますが、誰にもジャッジさせない、横溢(おういつ)する生のエネルギーがあるんですよね。生き抜くために手持ちのカードでやるっきゃない。カラオケは出たキーで歌う、といいますか――。
信田 あはは。
川上 そういったエネルギーに私は育てられてきたけれど、「こういう人たちがいることを知ってもらいたい」という動機で書いたわけではないし、社会問題について書いたという意識もないんです。
ただ、これまで私は小説を書く時に、個人的なことを抑制していたところがありましたが、今回は私が一緒に過ごしてきた人たちのボイスが、《家》や家族、金、社会、善悪とは何か、ということを書かせてくれたと思っています。