信田 黄美子さんの「そんなこと誰も訊かないんだから、いいじゃん」は、彼女の生きる知恵。近代的自我とか主体性を超えて、いわば虫の脱皮のように本能的に身につけてきたものでしょう。

川上 そうですね。花は、生きていくためにリスキーな犯罪に手を染めていきます。それは、どのくらい《悪》なのか。

信田 カウンセリングって料金がかかりますよね。コロナ禍で生活が苦しくなってくると、クライエントの多くは結果的に裕福な方になってしまう。ある階層の人たちは、言葉の端々から選民意識がうかがえるんです。それが身についているというか。

いわゆる恵まれた環境にある人たちが悪気なく、無意識に人を差別して傷つけているかもしれないことと、花たちのように生きるために犯罪に手を染めることと、どっちが真っ当か。そんなことを考えますね。

川上 私が人を騙さずに生きてこられたのは、母の性格によるところが大きいと思います。

信田 どういうお母さまだったんですか?

川上 朝から晩まで働いて3人の子どもを育ててくれました。まさにグレートマザーです。生活もつらかったはずなのに、バイタリティがあって、面白くて。そして私はただの一度も指示されたことも、否定されたこともありません。まさに無条件の愛です。だから今、私はこんなふうに生きることができているんだと思います。

信田 支配されて苦しんだ人が辿るのは、自分より弱い存在を抑圧するか、自分が経験して嫌だったことは絶対に繰り返さないかのいずれかの道しかありません。たぶんお母さまは後者であり、それを川上さんは受け継いでいるのかもしれませんね。

<後編につづく

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