「私たちは、自分でいろいろなことを選んでいると思っている。でも、本当のことを言えば、何も選べないですよね」(川上さん)

私たちはそもそも何も選べない

信田 『黄色い家』では、花の母の友人で、その後、花と深くかかわっていく黄美子(きみこ)さんの描き方が抜群ですね。泥沼のような世界から這い出ようとしている花にとって黄美子さんは何だったのか、それがこの作品のひとつのテーマなのかな、と思いつつ読みました。

川上 花と黄美子さんのこんなやりとりがあります。年齢をごまかしてスナックで働く花が、「悪いことなのかもしれないけど、間違っていないと思う」と言うと、黄美子さんは「それは、誰に訊かれるの?」と。

花や私たちの多くは、倫理的であろうとするから「今、自分のやっていることは正しいのかな」「うん、大丈夫」と自問自答するじゃないですか。でも黄美子さんは、「なんでそんなこと考えるの? そんなこと誰も訊かないし、自分で自分に訊くの、やめればいいじゃん」と返すんです。

信田 そうそう。そこにもハッとさせられました。

川上 私たちは、自分でいろいろなことを選んでいると思っている。でも、本当のことを言えば、何も選べないですよね。生まれる場所も、親も選べないし、身体だってそう。いつ病気になるかもわからない。

信田 そうですね。

川上 ですから、「自分で考えて選んでいこう」「女の人も主体性を持って」などということの無力さを、時々思い知るんです。そもそも生まれながらの金持ちと、生まれながらの貧乏人がいることだって説明がつかない。

ちょっと壁をずらしてみたら前提を全然共有できない世界があって、それぞれが違うところで生きている。だから、社会問題という枠に入れない人がほとんどだろうとやっぱり思うわけです。みんな、自分のいる場所で最善を尽くしているんですよ。