私のスピードでも十分に《渡り合える》
――フィールドに立ったら選手も審判も、男か女かは関係ない、と私は思っています。審判は毎年ある体力テストをパスすれば、試合に出られます。
JFAが1級審判員の体力テストに定めたメニューは、
(1) スプリント走=40m走(6秒以内)×6本
(2) インターバル走=「75mを15秒で走って25mを18秒で歩く」×40セット
(1) が終わったら、間をあけずに(2) を実施して計測する。
2023年1月現在、1級審判員は全国に212名おり、そのうち女性は山下さん含めて2名のみだ。
――もちろん、私よりスタミナがあるとか、足が速い審判は何人もいます。主審であれば、「あの人はあの位置で見ていたから、その判断は正しいはずだ」と周囲が納得できる場所でジャッジするのがベストです。たとえその地点にすばやく行けなくても、パスの流れを読んで先回りしたり、最短距離で追いついたりできれば、私のスピードでも十分に《渡り合える》と思っています。
実は私は選手の時代から、速く走るのは苦手でした。でも、20代の終わりくらいに、スプリント力(短距離を全速力で走る能力)に特化したコーチをお願いしたところ、記録が目に見えて伸びたのです。速くないのは生まれつきだとか、年齢だとか言い訳せずにきちんと鍛えれば、体は応えてくれるんですよね。
なので、体力テストをクリアできる限り、審判の仕事はずっと続けられると思っています。むしろ年齢を重ねることで、さまざまな経験をし、多くの人に出会い、貴重なヒントをもらえるなどのメリットがある。今のところ、審判をするのは何歳まで、と終わりを区切る気持ちはありません。
終わりを決めていないのは、素晴らしい女性の先輩が私の前を歩いていることも大きいですね。私は初の女性主審としてカタールに行きましたが、当初「女性初」を意識することはほとんどありませんでした。これはとても恵まれていたと思います。
これまで私自身は「女が主審で男子のスピードに追い付けるのか」とか、「ヒートアップした選手たちを制御できないだろう」などと、直接言われたことはありません。たぶん、過去にはあったことでしょう。しかし先輩方が実績を重ね、女性でも十分できると身をもって世の中に知らしめてきたから、私はなにも気負わずに現地入りできたと思うのです。
私は11月の初旬にカタールに入り、男女の別なく顔見知りの審判仲間たちと通常の準備をしていました。するとホテルの中や移動の際に、地元のヒジャブ姿の女性から「ヤマシタさん、応援しています」と声をかけていただくことが続いて。
次第に私は、この地で女性審判が参加する初の大会が開かれたのは意義のあることなんだ、と意識するようになっていきました。このように注目していただけることで、審判の仕事や女性の可能性についても知ってもらえますし、本当にありがたいと思っています。
昔から私の両親は私のやりたいことを何でも応援してくれました。これまでは地元のスポーツジムでアルバイトをしていたので、JFAとプロ契約を結び、経済的に安定したことは大きいです。同時に、審判になりたいと思う若い女性たちに、こういう道もあると知ってもらえたら、という気持ちも抱きました。