出版社勤務ののち、『さらば雑司ヶ谷』で作家デビューした樋口毅宏さん。新著『東京パパ友ラブストーリー』は、イクメン同士が恋に落ちるという設定。物語が生まれるきっかけになったのはーー

男性が育児に追い詰められたら......
自身の体験から妄想を膨らませて

ファンドマネージメント会社の若きCEO・有馬豪(ごう)と、豪とは20歳以上年が離れた建築家・鐘山明人(あきひと)。保育園で知り合ったイクメンのパパ友同士が、ある日恋に落ち、密会を重ねたら──。彼らの妻も含めた4人の心情を追う展開は、バブル期に漫画とドラマで一世を風靡した『東京ラブストーリー』を連想する方もいるかもしれません。

デビュー作の『さらば雑司ヶ谷』をはじめ、これまでにも男同士の性描写を何度か書いてきました。でも今回は登場人物の感情の動きを読んでいただきたいと思い、過激な表現は控えめにしています。ですから僕の本に初めて接する方にも、比較的とっつきやすい作品になっているのではないでしょうか。そもそも僕はBL(ボーイズラブ)に関して門外漢なので、「こいつのBLは見せかけだ」と思われるのでは、と不安もありますが……。

発想のきっかけは自分の体験です。僕の妻は弁護士でタレントの三輪記子(ふさこ)。2015年に息子が生まれたのですが、妻が外で忙しく働いているので、自然と家で仕事をしている僕が面倒を見ることになりました。

男性が家事や育児をすることに関しては、昔からまったく偏見も抵抗もありませんでした。ただ実際の子育てはとてもハードで、フラストレーションが募っていって。でも妻は強い人なので歯向かえない。なんとか逆襲したいという気持ちもあったのだと思います。自分の中でどんどん妄想がわいてきて、もし僕が浮気をしたらどうなるだろう? しかもその相手が男だったら? というのがこの物語のアイデアになりました。

息子が生まれる前は、この世で一番大変なのは小説を書くことだと信じていました。今思えば、なんと青臭い考えだったことか。育児のあまりの壮絶さに、息子誕生から2ヵ月くらいの記憶がありません。世の中の親たちは、みんな本当にすごい。

子どもが毎日少しずつ成長する姿を見るのはとても幸せです。でも、育児の最中は孤立しがちというか、世界が狭くなってしまうことがわかりました。妻の仕事の都合でしばらく京都にいたのですが、生まれ育った東京を離れ、僕が話す相手は妻と保育士さんだけ。一日中家事と育児に追われ、社会との接点もなく、だんだん澱(おり)のようなものが溜まっていった。作中のイクメンたちの心の揺れは、そんな体験で得たものも反映させています。

それにしても、こうした状況を女性は当然のように強いられてきたんですね。育児だけでなく、社会で働くにしても壁がある。妻や友人と話していて感じた、現代の女性の生きづらさも盛りこみました。明人の妻・美砂(みさ)は都議会議員ですが、何か発言するたびセクハラ的な野次を受けたり、SNSで叩かれたり。それにも負けず強気ではあるものの、ずっと「ガラスの天井」を感じています。

一方、豪の妻・まなみは、男と張り合わないほうが女は生きやすいと割り切り、望みどおり「上のランクの男と結婚して専業主婦になる」を実現した人。でもそれにしがみつくあまり、豪と明人の仲を知った時には……。

まなみのように、自分の幸せの価値観を、他者からどう見られるかに置いている人って、結構多いように思います。でも、結婚していようが独身だろうが、子どもがいようがいまいが、男女だろうが同性のカップルだろうが、幸せの形は人それぞれ。本書には男同士の恋愛だけでなく、そんなさまざまな生き方がつまっています。