『終わった人』は内館牧子さん原作の高齢者四部作の第一弾として2015年に発売。その後『すぐ死ぬんだから』『今度生まれたら』そして『老害の人』と続いた。
『終わった人』という強烈なタイトルは、まさに日本の「サラリーマン」の一区切りを象徴している。この作品、すでに映画化もされているが、この夏、朗読劇に生まれ変わることがわかった。単なる「朗読」ではなく「リーディングドラマ」(読む行為で言葉を躍動させ、舞台に立体的なドラマを作り出す)と名付けた、これまでにない舞台に期待が寄せられている。出演は中井貴一さん、キムラ緑子さんの二人。作・演出は笹部博司さん。
原作者、出演者、演出家それぞれの立場から、『終わった人』のイメージを聴いた。
(構成◎吉田明美 撮影◎本社・奥西義和)
タイトルが先に浮かんだんです
「タイトルが先に浮かんだんです」というのは原作の内館牧子さん。
「終わった人」の構想の元は昭和40年代の自身の13年間にわたるOL生活にあるという。
昭和40年代といえば結婚至上主義の時代。女性の年をクリスマスケーキに例え、「25過ぎたら売れ残り」と露骨に言われていた時代。
夫は外に出れば7人の敵がいる。社会で働いて稼いで、女房子どもを養うのが当たり前。家庭のことは家事も育児も妻に任せる。妻の仕事は夫が気持ちよく働けるように努める。昭和50年代の「関白宣言」のヒットのころまでそんな価値観がまかり通っていたかもしれない。
内館さんは「当時、定年退職者を何人も見送ったけれど、皆が『もうラッシュに乗らなくてすむ』とか『これからはのんびり妻と温泉にでも』、『孫と遊ぶ』などと発言していた。それを信じて花束を渡していたんです」と話す。これまでは忙しく働き続けてきた。のんびりすることなどできなかった。だからこれからは、好きなことに時間を費やしてのんびり過ごしたい。それが本音だと思っていた。
「でも、みんな負け惜しみだったんですよ!」(笑)
それが証拠に「ちょっと近くを通りかかったから」と元の職場に立ち寄ったり、かつての部下に連絡してきて無理矢理飲みに行き「まだ頼りにされている」と勘違いする人たちを見て、「まだまだ終わりたくないのに、終わらされていた」と悟ったという。
そんな人たちの恨みをはらすために書いた小説が「終わった人」。
この夏、リーディングドラマに挑戦する中井さんと緑子さんはたまたま同い年で、中井さん曰く、『そろそろ終わりを告げられる年代』である。
「僕たちの仕事は終わってるかどうかは、自分で決めるしかありません」と中井さんが言えば、緑子さんも「私は自分でも終わってるのか、始まってるのかまったくわからない。まだもがき苦しんでます。でもちょっとずつ終わってるかなあ。いろんなことが少しずつできなくなってるし…」と嘆く。
演出の笹部博司さんは、「内館さんのセリフはすべて本音。本音というのは隠れてる心なんですよ。『終わった人』を読んだ人がみんな自分のことが書いてあると思ったのは、そこに自分の隠れている心を見つけたから。思い通りの人生などどこにもない。誰もが、間違いを重ね、失敗を犯し、怒り悲しみ、不平不満を抱えて生きています。その中で内館さんが問うているのは『品格』なんですよね。終わった人としてこの世を去った時、何を残せるのか。内館さんは本音を語り、その本音が人の心を開く。そしてその内館さんの本音に品格を感じる。そんな舞台に出来ればいいなと思っています」と今回の舞台への意気込みを語ってくれた。