なぜ社会は、「真実」を軽視するようになったのか
アメリカ合衆国大統領にドナルド・トランプが当選した前後から、フェイクニュースと呼ばれる偽の報道が跋扈するようになった。ロシア製の偽ニュースが当選を後押ししたとされる大統領自身が、いまも積極的にその発信源となっている。
著者はニューヨーク・タイムズで30年以上にわたり書評を担当してきた文芸評論家で、舌鋒の鋭さゆえに多くの書き手に恐れられたことでも知られる。国家の最高権力者からネット上の匿名アカウントに至るまでが「真実」を攻撃し、その価値を損おうとする時代に対し、本書は根底からの批判を行うものだ。
そもそも、なぜ社会はこのように「真実」を軽視するようになってしまったのか。著者は主な原因として二つを挙げる。一つは1960年代の対抗文化に由来する、ポストモダニズム思想である。あらゆる価値を相対的なものとするこの思想は、「真実」もまた人それぞれであるという見方にお墨付きを与えた。もう一つは昨今の情報メディア、とくにツイッターなどのSNSがもたらす「同調効果」である。
こうした状況を打開するために再三にわたり言及されるのが、文芸評論家としての彼女が高く評価してきた作家、デイヴィッド・フォスター・ウォレスの言葉である。2008年に亡くなっている彼はトランプ大統領の登場を知らないが、ウォレスが残した警句は現在にこそあてはまる、と著者はいう。
ポストモダニズム思想がもたらした、過度に冷笑的な懐疑主義により、〈オリジナリティ、高潔、誠実といった昔風の価値観〉は失われた。「真実」軽視という風潮の根源をそのように見定めた本書は、言葉本来の意味で「ラジカル(根源的)」な批評だといえる。
著◎ミチコ・カクタニ
訳◎岡崎玲子
集英社 1700円