お寺の住職さんに尋ねたら、「いつまでにお墓に入れなければいけないという決まりはないので、美幸さんの気持ちが落ち着くまで、お母さまにはご自宅にいてもらえばいいのではないですか」と言ってくださったので、その言葉に甘えて、私が死ぬときまで母のお骨を自宅に置いておき、最後は2人一緒に埋葬してもらおうかとも考えています。

でも、そうしたところで、私にも兄にも子どもがいませんからね。私たちがこの世を去ってしまったら、誰がお墓を守ってくれるのだろうか? と、いくら悩んでも答えが見つからないというのが目下のところです。

 

セーブしてきた歌にもう一度力を入れていきたい

お骨をいまだに家に置いてあるだけでなく、母の遺品の整理もほとんど手つかずのままなんですよ。よそ行きの洋服や着物は、母の従姉妹や親戚の方に差し上げましたけど、最後まで母が身につけていた下着は、いずれ私が使うだろうからと、すべてとってあります。

実際、すでに使っているものもあるんです。冬の寒い時期に足腰が冷えると、「ああ、お母ちゃんのあのあったかい下着を借りよう」って(笑)。生前、母が使っていた鏡台はそのまま私が使っていますし、母が好きだった絵も壁にかけたままにしてあります。

渋谷のお好み焼きのお店も、ずっと営業を続けていくつもりです。このお店を開けていることで店内に母の魂が生きていて、「“いらっしゃいませ!”って、お母ちゃんいつも言ってたな」と、今でも母の存在を感じることができますからね。

母の介護中はできる限りセーブしていた歌の仕事ですが、もう一度、力を入れて取り組みたいと思います。母が亡くなってからしばらくは、なかなかやる気が湧いてきませんでしたけど、「ええ歌を歌ってや」と、いつも私を応援してくれていた母もこのままでは喜ばないでしょう。「もうひとふんばりしなきゃ」と思えるくらいに、近頃は元気になりました。

何よりも、約4年間の介護生活を経験したおかげで、介護の大変さを実感し、人の心の痛みもわかるように。その体験から学んだ人のやさしさ、人間として得た深みが歌声にも反映されるような気がします。今、介護のまっただ中でつらい方、さまざまな問題で悩み、精神的に疲れている方に、歌で寄り添っていくことがこれからの自分の役目ではないかと思っています。

“母”をテーマにした曲を集めたニューアルバムをリリースしました。母の三回忌である10月に“母の歌”を歌ったアルバムを世に送り出すことで、亡き母を想う気持ちがいっそう強くなる。これもまた、ひとつの親孝行になるのではないかと思っています。