歴史への入り口は「へその緒」だった
僕が歴史好きになった入り口は、中世城郭への興味です。中学1年の時、偶然、たんすの中で小さな桐箱を見つけて。開けてみたらワカメみたいなものが入っているので、親にこれはなんだと聞いたら、僕のへその緒でした。
箱の表には僕の誕生地として、「静岡県清水市二の丸町」と書いてありました。「その場所にはお城もないのに、なんで二の丸なんだろう?」と思って調べたら、今はないけれど、昔そこに江尻城というお城があったことを知って。
それまでお城と言えば、県庁所在地に1個あるくらい、といったイメージだったので、ちょっとびっくり。そこでさらに調べたら、自分が住んでいる場所の近くに、お城や館がいくつもあったことがわかったんです。それをきっかけに面白くなり、あちこち見に行くようになりました。
大学で史学科に進んだのも、お城が好きだったから。ところが当時、大学では古代史の先生が多く、お城の研究にも、光が当たっていませんでした。で、その頃に出会った落語のほうが面白くなり、今に至っているわけです。もしあの時、大学に城郭研究の先生がいたら、今、落語家をやっていなかったかもしれません。
中世城郭が好きなのは、地域性や作った人の特徴が出るから。一方、近世城郭とはざっくり言うと戦国末期から江戸時代のものですが、作り方が全国で似てくるんですよ。「この作り方が今、一番カッコいい」みたいな感じで、同じようなものを作るようになる。
近世の城郭を象徴するのが「天守」です。あれは、立派な建物を建てて「おっ、この人すごいぞ」と思わせるのが目的のひとつ。僕も観光地のお城で天守を観に行きますが、観光客が「お殿様はこんなところに住んでいたのか」などと言っていると、心の中で「いやいや、違うから」と反論してしまいます。
天守に住んだお殿様は信長ぐらいなもので、その後のお殿様はたま~に上に昇って景色を眺めるくらいで、そこに住んでいるわけではありません。寒いし、トイレもお風呂もないし、あんなところで暮らしたら、すぐ風邪をひいてしまいます。(笑)
天守は一時のみの「トレンド」だったので、焼失したら再建しなかった。あんな高層建築、お金もかかるし、作るのが面倒ですから。そのため、短期間でバーッといくつも作られましたが、その後、ほとんど作られなくなりました。そこへいくと中世城郭は、地域性もあるし、目的によってそれぞれ特徴があるぶん、近世のお城より奥が深く、本当に面白いんです。