「厳しい環境での大学生活になることはわかっていたのでしょうが、自分で人生を切り開くという意気込みが感じられて、頼もしく思いました。長男もアルバイトをして生活費を稼いでいましたから、負けたくないという思いもあったようです。それが、2年も経たずに挫折するとは、本人も思っていなかったでしょうね」
2年生で大学を辞めてからもしばらくは新聞配達の仕事を続けていたが、その翌年、次男は実家に帰ってきた。玄関先に立つ次男の生気のない顔を見て、カヨコさんは息をのんだという。
「まるで敗残兵のように青ざめた顔をしていました。何があったのかも、これからどうするつもりなのかも聞けるような雰囲気ではありません」
何より胸を痛めたのは、持ち帰ったバッグの中にロープが入っているのを見つけたこと。慌てて始末したものの、そこまで追い詰められていたのかとショックを受けた。
「次男を一人家に置いて仕事に出ている間も、気が気ではありません。急いで帰宅して、姿が見えないと家中探し回り、部屋の隅で膝を抱えて座っているのを見つけてほっとしたことも、一度や二度ではありませんでした」
カヨコさんにできたのは、ただ食事を作って食べさせることだけ。心配している素振りも見せないよう、なるべく普通に接することを心がけていたという。次男が家に帰ってきて1年が過ぎ、2年が過ぎ、当初の切羽詰まった状態は落ち着いたが、部屋から出られない時期は6年間続いた。
「最初は心配していた長男も、いつまでひきこもっているつもりだと弟に説教するようになって。私にも、親が甘やかすから働こうとしないんだよ、追い出したほうがいい、と責めるようなことを言ったりしていましたね」
しかしカヨコさんは、いつも一人でボーッとテレビを見たり、黙ってじっとうつむいている姿を見ると、青春まっただなかの20代を家の中で無為に過ごしている次男がかわいそうで、とても責める気にはなれなかったという。
「だからと言って手をこまねいているわけにもいかず、ひきこもりの子を持つ親の会があると聞いて、月に一度、顔を出すようになりました」
そんなとき、当事者を家から出して寮生活を送らせながら社会復帰できるよう支援しているNPOがあることを知り、一縷の望みを抱いた。
「とはいえ、本人に『寮に入ったら』なんてとても言えません。とりあえず入会手続きだけして、少しずつ心が開けるよう慎重にサポートしてもらうことにしました」