王者の威厳と、挑戦者の気迫
演技を終えた羽生が、右手の拳を握りしめた。ただし、勝利を確信した時に突き上げる人さし指は、立てられなかった。「頑張ったと思う。でも、まだやれる」「勝てないだろうな」。充実感と敗北感が、一瞬のうちに交錯した。
世界選手権で羽生が演じたフリープログラムには、王者らしい威厳と、挑戦者としての気迫があふれていた。冒頭に跳んだ4回転ループは、高くて幅があり、音楽に溶け込んでいた。演技後半に組み込んだ4回転トウループトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)の連続技も、流れるように成功させた。
いずれも、国際スケート連盟(ISU)公認大会で羽生が世界で初めて成功させた難しい技だが、極めて上質なレベルで結実させている。唯一無二のプログラムを滑り終えた姿を見て、他人との比較ではなく、羽生は自分との闘いに勝ったと感じた。
厳しい状況で迎えたフリーだった。ショートプログラム(SP)を終えた時点で、首位のネイサン・チェン(米)に12.53点もの大差をつけられていた。「追いかける状況は、嫌いじゃない」と自らを奮い立たせたものの、追い込まれていたのは間違いない。
古傷の右足首も、完治していなかった。ジャンプで着氷するたびに衝撃を受ける右足首は、たび重なるけがの影響でもろくなっている。今季の出場は、わずか4試合。ロシア杯で右足首を再び痛め、グランプリファイナルも全日本選手権も欠場し、約4ヵ月ぶりの実戦だった。その逆境で、自己ベストを更新する合計300.97点をマーク。ルール改正後初の300点超えと、底力は見せた。
だからこそ、直後のネイサン・チェンの滑りは衝撃だった。ほぼミスのない完璧な演技をやり遂げ、羽生を20点以上も上回る323.42点をたたき出した。羽生が「悔しい。ノーミスの演技をしても、ギリギリで勝てなかったと思う」と認める完敗だった。