概要

旬なニュースの当事者を招き、その核心に迫る報道番組「深層NEWS」。読売新聞のベテラン記者で、コメンテーターを務める伊藤俊行編集委員と、元キャスターの吉田清久編集委員が、番組では伝えきれなかったニュースの深層に迫る。

安倍晋三元首相が銃撃されて死亡した事件から1年がたった。リーダーが凶弾に倒れた衝撃は大きく、どのように受け止めたらいいのか、答えは見つかっていない。安倍氏の「不在」は、日本の政治や社会に対し、どのような問題を突き付けているのか。前東京都知事の舛添要一氏と日大教授の先崎彰容(あきなか)氏を迎えた7月6日の放送を踏まえて、編集委員2氏が語り合った。

安倍氏「不在」なお残る衝撃

リーダーに向かう暴力

「1921年、銀行家の安田善次郎と首相の原敬が相次いで殺害された。日本はその後、戦争に突入する。暴力でリーダーを倒す事件は時代の大きな曲がり角になった」=先崎氏

「日本はこの25年、デフレから抜け出せず、格差が拡大していることが事件の背景にあると思う。SNSの影響も大きく、非常に短絡的な発想に陥りやすくなっている」=舛添氏

吉田4月には、岸田首相が選挙演説に訪れた和歌山県の会場で、爆発物が投げ込まれる事件が起きました。わずか9カ月の間に、新旧の首相が相次いで襲われる異例の事態です。若い人たちの不満の矛先が、なぜ一国のトップにいきなり向かうのか。1921年を思い起こさせますが、いま大事なことは、こうした連鎖を生む背景と構造に目を向けることだと思います。

暴力の連鎖©️日本テレビ

1990年代の後半から、グローバル化が進みました。雇用について言えば、終身雇用は崩壊し、非正規雇用が増えました。高度成長期のように、みんなが豊かになるという実感を持てなくなっています。社会における人のつながりは希薄になり、バラバラになりがちです。その中で取り残されたと感じている人たち、特に若い人たちを社会がどのように包摂していけるのか。全体を俯瞰する視点を持つことが大切になるのではないでしょうか。

伊藤吉田さんの言われた社会に対する不満に関連しますが、言論空間に目を向けると、強い言葉や不寛容な言葉をよく見かけます。先崎さんは番組で、SNSの特徴として「自己肥大化」というキーワードを指摘されました。

日本には戦後、「リベラルでなければ知的ではない」といった革新幻想がありました。そうした中で安倍氏が長く政権を担ったことで、保守という考え方が広がりを見せました。右と左が対等に議論を交わせる状況を作ったことは安倍氏の功績だと思います。

ところが、その言論に携わる人たちの中には、相手の意見を聞かなかったり、相手を下品な言葉で非難したりする振る舞いが見られました。そうした言論空間の出現は、「意見の違いで相手を攻撃しない」「言葉を武器に置き換えない」という、我々にあったためらいを減らしてしまった気がしてなりません。我々にできることがあるとすれば、健全に議論できる土俵を作り直すことではないでしょうか。

吉田安倍氏はSNSの発展とともに歩んだ政治家と言えます。首相に最初に就いた2006年は、フェイスブックやツイッター(現X) が知られ始めたSNSの黎明期でした。安倍氏が再起の機会をうかがう中で、SNSは急速な広がりを見せます。2012年に首相に返り咲いた安倍氏に喝采を送ったのは、SNSで保守の主張を強く訴える人たちでした。安倍氏も左派を批判する姿勢を崩さなかったため、左派は安倍氏を激しい言葉で攻撃しました。安倍氏の回顧録を読むと、「常にファイティングポーズを取っていた」と振り返っています。SNSでは右と左の対立が先鋭化して、安倍氏自身が対立軸そのものになりました。