叫べば保護室行き。悲鳴は殺すしかなかった
自分ではどうにもできないことーー理不尽な痛みは、あらゆるところに転がっている。私は、それに人より多く躓いただけだ。何度も、そう思おうとした。でも、そのたびに同じ思いに行きついた。
どうして、私なんだろう。
兄は大学へ進み、姉は正社員として地元の企業に就職した。彼らは、存在しているだけで両親に愛された。
兄は作文が苦手で、私が代筆を頼まれることもあった。母は、「お兄ちゃんのために書いてあげなさい」と私に強いた。私は、学校の宿題と母から出された課題のほか、兄の作文や読書感想文まで引き受けねばならなかった。部活もある中、寝る暇も遊ぶ暇もない。だが、兄と姉は自由気ままに遊んでいた。そんな二人に、両親は「子どもらしくてかわいい」と微笑ましい視線を向けた。一方、私に対しては、「いつも人の顔色を伺っていて子どもらしくない」と言い放った。
どうすればよかったのか、未だにわからない。おそらく何をどうしたって、私が彼らに愛されることはなかっただろう。それでも、あの当時、私は両親に愛されたかった。それが生物としての生存本能だったことを知ったのは、ずいぶん後になってからだ。
親に愛されぬまま大人になった人は、そこら中にあふれている。だが、当事者にとっては、“ありふれた痛み”の一つひとつが深刻で、抜けない棘のように疼き続ける。無理に棘を抜けば、血が流れる。
“なんで、こんな目にあわなきゃ、ならないんだ!”
チャグムの悲鳴は、私の悲鳴だった。彼と同じ叫びを噛み殺している人が、この世界にどれほどいるのだろう。許されるなら、私も叫びたかった。だが、病院の中であっても、むしろ病院だからこそ、そんなことは許されなかった。叫べば、保護室に入れられる。もしくは、拘束衣を着せられる。そうなれば、読めないし、書けない。
誰かが叫ぶたびに、数人の男性看護師が患者を保護室に引きずっていく。その光景を見ながら、いつも思っていた。叫びたいほど苦しいことがあったからこそ、こんなところにいるんじゃないか、と。
人はみな、他者の悲鳴を聞きたくない。でも、自分の悲鳴は聞いてほしいと願ってしまう。私もそんなくだらない人間のひとりで、そのことに時々、どうしようもなく絶望する。