高校野球を変えたい

さまざまな森林さんの発言に対し、「慶應だからできる」という意見があることは事実であろう。慶應義塾は、福澤諭吉先生の「独立自尊」の教えが生きている学校。塾生と呼ばれる学生たちは六大学野球の応援にも行くためか、塾歌、応援歌を歌える人も多く、三田会というOB会の組織が伝統的にしっかりしているため、卒業生(塾員と呼ぶ)たちの一体感も、他学校から見ると異様に見えるかもしれない。それでも森林さんが、その「慶應」から発信を続けるのは、今の「高校野球をとりまく環境」に危機感を抱いているからにほかならない。そして「慶應」だからこそ、その発言により注目が集まっていることは否めない。

「高校野球を変えたい」と真剣に思ったのは、筑波大学の大学院でコーチングを学んでいる時です。ほかのスポーツの人たちとの交流の中で、これまで常識だと思っていたことが「ちょっと違うぞ」と思い始めた。

たとえば、これまでの野球界の常識、ウォーミングアップをはじめとして、全体で同じ練習をする。キャッチボールもみんなが同じ距離。それを「なぜ?」と聞かれて、練習するときの課題は選手それぞれ違って当然なのに、みんなが同じ練習を同じ時間だけやるのはおかしいと気づきました。

野球は試合中の「間」が多い。バッテリーは1球ずつ球種を相談できるし、ベンチからの指示も出る。バッターは打席でベンチのサインを仰ぐ。動きが激しくその都度指示を出すことができないスポーツに比べて、それだけ監督の影響力が大きくなるんです。何から何まですべて監督が決めて、監督の言う通りに動くのがあたりまえだと思っていたけれど、どうやら違うぞ、と気付くと、いろいろなことに疑問が出てきました。

筑波時代に、地元チームのコーチをしたり、試合で相手チームを眺めたりするようになると、どなっている監督の顔色をうかがいながらプレイしている高校生がなんと多いことかと…。 

この先、指導者を志すのであれば、自分のチームの勝敗だけでなく、高校野球そのものにインパクトを与えることをしていきたいとひそかに決意しました。