北村邦夫さん<婦人科医>
2023年5月、妊娠9週までを対象とした国内初の経口中絶薬「メフィーゴパック」の流通が始まり、初期中絶の方法として手術以外の選択肢が増えた。しかし当事者にとって決してアクセスしやすいものとは言えず、今後の見直しを求める声は多い。婦人科医の北村邦夫さんに読者アンケートの結果も踏まえた、いまの考えを聞いた

薬の承認がゴールではない~北村邦夫

僕は20年以上前から、国内において人工妊娠中絶に関するさまざまな調査を進めてきました。誰も、中絶をしたくて妊娠する人はいない。そして胎児が正常に発育するには、母体の健康がなにより大切です。

妊娠を継続することで母体が身体的・精神的・社会的・経済的に大きな不安を感じるのなら、中絶を選択するに十分な理由と考えていい。中絶はモラルで語るのではなく、奪われてはならない女性の権利だと思います。

国内初の経口中絶薬「メフィーゴパック」が実用化されました。すでに300以上の医療施設から登録申請があるようですが、処方実績はまだ全国で30施設程度と聞いています。

思えば2010年12月24日から、中絶薬承認に向けた僕の戦いが始まりました。長かった。緊急避妊薬のときも承認に11年かかりました。世界ではじめて中絶薬が承認されたのはフランスで、1988年のことでした。なぜ日本には長く導入されなかったのか。そのひとつに、日本の医師の技術の高さが挙げられるでしょう。

中絶手術は、母体保護法によって認定された指定医のみが行えます。搔爬法は見えない部位に器具を入れ内容物を搔きだす、医師の感覚頼りの手術ですが、日本の産婦人科医は誰もが得意と言ってもいい。産婦人科医を志したら最初に教えられる手術だからです。世界的に主流の吸引法が日本で一気に定着しないのも、搔爬法のほうが安心安全に行えるからかもしれません。

そんななかで、中絶薬は普及していくのか。飲む錠剤は2種あります。1剤目に、妊娠継続に必要なプロゲステロンを抑制するミフェプリストンを内服。36~48時間以内に、子宮の収縮を促す2剤目のミソプロストールを内服。奥歯と頰の間に錠剤を含み、30分かけて溶かすと24時間ほどで子宮の内容物が押し出され、93.3%の中絶が完了すると報告されています。子宮の入口を開くことも麻酔をかけることもないので、体に極力負担なく中絶を行えると言えます。

ただ、日本では自宅での服用を想定しておらず、1剤目投薬から36~48時間以内に入院する必要があります。中絶が完了しない場合、手術の可能性があるためです。ベッドがあれば入院設備のない病院でも可能だった手術と異なり、入院設備がない病院では中絶薬は処方されません。10分程度で終わる手術に対し、1日で中絶が完了しないうえ、入院費もかかる。現状では、さまざまな条件面で手術に軍配が上がってしまうのです。

妊娠9週の場合、中絶後、22~30ミリほどの胎囊(胎児)に続いて胎盤が生理用ナプキンに出ます。出血量も多い。薬だと自分が内容物を目にすることになる点も、医師は丁寧に伝える必要があるでしょう。

手術がそれなりの収入源になっている医療機関もあり、実地臨床医のすべてが中絶薬を積極的に採用するか、と問われれば答えはNOなのだと思います。かといって、承認はゴールではない。今後を見守っていきたいですね。