「人間やめますか」は患者へのマイナスの影響大
上岡 実は、ああいった報道の後は、ダルクでも不安定になる人がたくさん出てしまう現状があるのです。
荻上 どういうことですか?
上岡 薬物を使用した人が悪人のように叩かれる報道を連日見ていると、気分が悪くなる。薬を止めて社会復帰しても、何かあればこんなふうに扱われるんだと。鬱などの症状を抱えて依存症になっている人もいて、落ち込んで外に出られなくなってしまうことも多いんですよ。
荻上 回復途上ではまだ自尊心が低い人が多いため、特に重く捉えてしまいますよね。
上岡 ええ。「『覚せい剤』やめますか? それとも『人間』やめますか?」「ダメ。ゼッタイ。」という標語があります。ああいうインパクトのある言葉には、薬物を使用してしまった人への二次予防効果はないんですよ。それどころか「一度使ってしまった自分は人間としてダメなんだ」と、回復から遠ざけてしまうマイナスの影響が大きい。そもそも、一次予防として有効だという数字的な立証もされていないのです。
荻上 地下鉄構内にも、「危険ドラッグ、一度で人生を壊す」という表示がある。あれも、危険ドラッグだけが人生を壊すのではなく、実は薬物依存が病気であるという認識の不足や回復を阻む無理解、非寛容な社会が人生を壊すのだと思います。
上岡 そんな中で、16年に荻上さんからの発案で「薬物報道ガイドライン」を作り、17年1月に厚生労働省で記者会見を開きました。
荻上 WHO(世界保健機関)の自殺報道ガイドラインのようなものを作りたい、と始めたプロジェクトです。
上岡 「自殺を美化しないこと」「個別ケースの一般化をしないこと」などを盛り込んで、報道の影響による自殺連鎖が起こる可能性を警告しているものですね。
荻上 はい。男性歌手の薬物使用疑惑報道があった頃、僕のラジオ番組に国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦先生にお越しいただいたんです。その中で、「薬物に対する国内の偏った認識を前に、報道ルールがないのはおかしい。みんなで考えましょう」と、リスナーを巻き込んで作ることにしました。「薬物報道ガイドライン」は報道機関に向けたものですが、報道を見る側の人も正しい知識を持ち情報を受け取ってもらえれば、少しずつでも世の中が変わるのではないかと思ったのです。
上岡 ガイドラインができて、薬物依存当事者の家族たちは嬉し泣きしましたよ。特に、厚労省での記者会見に当事者家族が出てくださったのを見たときには、私も号泣。やっとここまで来たかって。薬物依存は犯罪者というレッテルをいつまでも貼られ続けて、家族は職を失うこともある。長い間、自分が家族であると人に言えないような状況でしたから。