やりたかったこと

ーーー「誰も知らない世界を 誰もが知る世界に」。伊澤さんが所属する調査報道グループ「フロントラインプレス」が掲げるスローガンだ。取材を重ね、「なかったこと」にされた声を拾い、伊澤さんが全身全霊で書き上げた書籍には、こんな一節がある。“事故や事件にまつわる記録はいつも“強い者”が作成する報告書や捜査記録、訴訟記録などによって「正史」として記され、後の時代に伝わっていく。しかし、これらの公的記録から排除されてしまった事柄は山のようにある。”二度と“排除”なんかさせない。そんな強い意志が、書籍からも伊澤さんの言葉からも滲み出ていた。

「第58寿和丸沈没事故」は多くの記者が追っている件ではなかったので、自分がやらなければそのまま埋もれてしまうだろうと思いました。だから、前に進むしかなかった。

途中、「一体何人に取材することになるんだろう」と、広がっていく仕事の大変さが見えてきて不安になったり、執筆が上手く進まなくて辛かった時期もありました。でも、だからといって「投げ出す」という選択肢はなかったです。

知ってしまったからには進むしかない――。そんな想いに突き動かされて、書き続けました。

事故の生存者の方にはじめてお会いした時、本当に悔しがっていたし、憤っていた。会った瞬間、こちらが質問をする前から怒っていたくらい。

事故に遭っただけでも大変なのに、証言したことを聞いてもらえない。反論しても聞いてもらえない。

国と対峙した際に関係者が抱いた悔しさ、やるせなさをこの本を通じて伝えたかった。それが、私のやりたかったことです。

そして「埋もれさせちゃいけない。このような報告書でうやむやにしていい事故じゃない」。そんな想いが強くありました。