一部の週刊誌を読んでも、業界のことはある程度わかる。

 だが、阿岐本組にはそのような情報通もいないし、若い衆が週刊誌を読んでいるような余裕もない。

 テツがパソコンの画面を見ながら言った。

「テキヤの元締めですね。本拠地は茨城ですか……」

 ネットで調べたらしい。

 市原徹(とおる)、通称テツはパソコンオタクだ。いっぱしのハッカーだったテツは、政府のコンピュータに侵入し、それが発覚して補導された。テツが高校生くらいの年齢のときのことだ。

 その頃は、両親との折り合いも悪く、学校にはほとんど行っていなかった。そんなテツに阿岐本が居場所を与えたのだ。

 今では阿岐本組になくてはならない人材だ。

「そういうことだ」

 日村は言った。「気を引き締めておけ」

 若い衆を代表して健一がこたえた。

「わかりました。しかし……」

「しかし、何だ?」

「その多嘉原会長は、どんな用でおいでになるのでしょう?」

「それは知らない。永神のオジキといっしょに来るということだが……」

「あ、オジキと……」

 健一が何かを期待しているような顔になった。

 それを見た日村は、思わず渋い表情になった。

 出版社や私立高校、病院などを立て直すのは、いわばオヤジの道楽だ。そして、若い衆はその道楽を楽しみにしている節がある。

 彼らは、就職したことなどない。たぶん、バイトの経験もないだろう。疎外されて生きてきた連中だ。

 自業自得と言えばそれまでだが、彼らは社会からつまはじきにされてきた。だから、オヤジの道楽とはいえ、社会と関わることに憧れのようなものがあるのだ。

 だからと言って、阿岐本組のような弱小の組には、道楽に付き合っている余裕はないのだ。

 暴対法や排除条例の施行以来、シノギもきつく、組は常にカツカツの状態なのだ。

 日村は言った。

「面倒なことにならなきゃいいがと、俺は思っている」

「テキヤの手伝いとか、やるんじゃないでしょうか」

 その健一の言葉を受けて、真吉が言った。

「あ、自分、テキヤやってみたかったんですよね。お祭とか好きでしたし……」

「とにかく」

 日村は言った。「おまえらは、ちゃんとおもてなしすることだけを考えていろ」

 五人は声をそろえて「はい」とこたえた。

 こいつら、返事はいいんだけどな……。

 日村は、いつものソファに腰を下ろした。

 

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