「その話の内容が問題なんだが……」

 永神はいつも、何か相談事を持ってくる。それが阿岐本の琴線に触れるのだ。そして、阿岐本は黙っていられなくなる。

 いつぞやは、倒産しかかっている出版社があるので何とかならないかという話を持ってきた。阿岐本はその立て直しに乗り出した。

 その次は私立高校だ。生徒数が減り、このままでは廃校になってもおかしくはないという学校をやはり立て直した。

 それから、病院、銭湯、映画館、さらにはオーケストラまで、廃業、閉鎖、解散の危機を救ってきた。

 すべて、永神が持ち込んできた話だ。

 だから、日村ははらはらしていた。

 だが意外にも、永神はすぐに奥の部屋を出てきた。日村は肩透かしを食らったような気分になった。

 永神はこのまま帰るようだ。

「おい、誠二」

 奥の部屋の戸口から顔を出した阿岐本が日村を呼んだ。

「はい」

「ちょっと、来てくれ」

 部屋に行くと、阿岐本は言った。

「明日、今日と同じ時間にまた、永神が訪ねてくる。大切な客を連れてくるから、粗相のないようにな」

 親が大切な客だと言ったら、子はそれが誰かなど尋ねずにただ「わかりました」とだけ言えばいい。

 それは百も承知だったが、日村は尋ねずにはいられなかった。永神が絡んでいるからだ。

「そのお客というのが、どなたかうかがってよろしいですか?」

「多嘉原(たかはら)の名前は、おめえも知ってるな」

「多嘉原一家ですか。はい、存じております」

 多嘉原一家の多嘉原義一(ぎいち)は、神農(しんのう)系、つまりテキヤ筋の大御所だ。

「その多嘉原会長がいらっしゃる」

 日村の背筋が自然と伸びた。

「わかりました」

「頼んだぜ」

 奥の部屋を出ると日村は、四人の若い衆に言った。

「明日、大切な客人がいらっしゃるから、くれぐれも気を抜くな。今から、掃除しておけ」

 健一(けんいち)が尋ねた。

「客人って、どなたです?」

 三橋(みつはし)健一は、若い衆の中では一番の年上だ。かつて、どんな喧嘩でも健一が駆けつければすぐに収まったものだ。それくらい、地元の不良たちに一目置かれていた。

 今では若い衆を束ねる立場だ。

 日村が多嘉原義一の名前を告げたが、若い衆たちはぴんと来ない様子だ。

「おまえら、有名な親分さんたちのことくらい勉強しておけ」

 どこの組にも業界通がいて、主な団体の動向や幹部たちの名前を、舎弟らに教えたものだ。