「一度その神社に行って、話を聞いてきてくれ」
一瞬言葉を呑んだ。
永神も多嘉原会長も「どうしようもない」と言っている。阿岐本自身「暴対法と排除条例にはかなわない」と言っているのだ。
今さら話を聞いてどうなるというのだ。
そう思ったが、親の言うことに逆らうわけにはいかない。
日村はこたえた。
「わかりました」
すると永神が言った。
「俺の車で案内するよ」
日村は頭を下げる。
「すみません」
「善は急げだ」
阿岐本が言った。「すぐに行け。会長と俺はもうしばらく話をしているから」
「はい」
日村は即座に立ち上がった。永神も「よっこらしょ」と腰を上げる。
「では失礼します」
日村は多嘉原会長と阿岐本に礼をしてから出入り口に向かった。ドアを開けて永神が出るのを待つ。
結局、面倒なことになるわけだ。
永神の横顔を見ながら、日村はそう思っていた。
車の助手席に乗ろうとしたら、永神に「いっしょに後ろに乗れ」と言われた。
車が走り出すと永神が言った。
「多嘉原会長が、アニキに会いたいと言ったんだ。断れねえだろう」
「そうですね」
「会長ほどの人が話をしたがる。阿岐本のアニキは、ホントたいした人だよ」
「それで、どういう話なのですか? 今ひとつ理解できないんですが……」
「聞いたとおりの話だよ」
「神社の縁日で露店を出せるようにしろってことですか?」
「だからよ」
永神が顔をしかめた。「そいつはどだい無理な話なんだよ。だから、多嘉原会長もそのへんのことはもう諦めてらっしゃるんだ。ただ、誰かに話を聞いてもらいたかったんだろう。その誰かが阿岐本のアニキだったわけだ」
「オヤジがこのままで収まると思いますか?」
「頼られたら、嫌とは言えない人だからなあ。だが、今回ばかりは無理筋だろうよ」
「自分は話を聞いてどうすればいいんでしょう?」
永神はしばらく考えてからこたえた。
「今の世の中がどういうことになっているか、じっくり話を聞いて、それをそのままアニキに伝えるんだな」
「はあ……」
本当にそれで済むのだろうか。日村は不安に思いながら、車窓に目を転じた。いつの間にか車は首都高を降りて、明治通りを走っていた。