義理人情に厚いヤクザの親分・阿岐本雄蔵のもとには、一風変わった経営再建の話が次々舞い込んでくる。今度は町の小さなお寺!? 鐘の音がうるさいという近隣住民からのクレームに、ため息を吐く住職。常識が日々移り変わる時代のなか、一体何を廃し、何を残すべきなのか――。
予告どおり、翌日の十時に永神がやってきた。若い衆はすでに、気をつけをしている。
稔が鍵を開けると、まず七十くらいの背の低い老人が入ってきた。
それに続いた永神が言った。
「多嘉原会長だ。オヤジに取り次いでくれ」
健一が奥の部屋に向かったが、声をかける前にドアが開いて阿岐本が姿を見せた。
「会長」
阿岐本が満面の笑顔で言う。「こんなむさくるしいところに、よく来てくださいました」
多嘉原会長は、ひょこっと頭を下げると言った。
「忙しいとこすまねえが、ちょっくら邪魔するよ」
「ちっとも忙しかねえですよ。さあ、こちらへどうぞ」
「はい、失礼しますよ」
若い衆の前を頭を下げながら通り過ぎる。その腰の低さに、日村はかえって緊張を高めた。
阿岐本、多嘉原会長、永神の三人が奥の部屋に入った。すぐに健一が茶の用意をする。三人がソファに腰を下ろしたそのタイミングで茶を出さなければならない。
茶を持っていった健一が、日村のところにやってきて言った。
「オヤジがお呼びです。いっしょに話を聞くようにと……」
「わかった」
日村は奥の部屋に向かった。
ノックをして阿岐本の返事を聞き、「失礼します」と言ってドアを開ける。
三人は茶を飲みながら、なごやかに談笑していた。
日村は阿岐本の席の脇に立った。これが稼業のときのスタイルだ。
阿岐本が紹介した。
「日村誠二です」
多嘉原会長が言った。
「代貸ですね?」
「はい」
「どうぞ、お座んなさい」
「は……。ありがとうございます」
まだ座らない。
「ああおっしゃってるんだから、座んな」
許しが出たので、日村は阿岐本の隣の席に浅く腰を下ろした。永神の正面だ。
阿岐本と多嘉原会長が向かい合って座っていた。
永神が言った。
「目黒区にある小さな神社なんだけどね……」
日村は身構えた。
今度は神社を立て直すって話なのか……。
阿岐本が言う。
「そこの縁日なんだね?」
「そう。祭といっても参道や境内にちょっと出店が出る程度なんだけどね。昔から多嘉原会長のところから、人を派遣していたわけだ」
テキヤが露店を出していたということだろう。
「小さな神社の縁日でも、昔は必ず露店が出てたよなあ」
阿岐本が言うと、多嘉原会長がうなずいた。