(イラスト◎大野舞)
スピリチュアリストとして、さまざまな角度から読者のお悩みに答え、生きる指針を示してくれる江原啓之さん。現在は熱海に在住し、ていねいな暮らしをしながら日々「生きる上で大切なこと」を発信し続けています。『婦人公論』のリニューアルにあたって始まった新連載「〈幸せぐせ〉を身に着けよう」。第24回は「夫が病気を患い、子どもたちが身辺整理を促してくる」です。

Q 夫が病気を患い、老老介護の気配。子どもたちが身辺整理を促してくる

A)助言に従い終活を始める

B)マイペースで進める

何のため、誰のため?

世の中に終活という言葉が定着して久しい昨今、読者のみなさんの中にも、すでにモノを整理し、墓じまいを考えているという方がいるでしょう。一方で、重い腰をなかなか上げられないという方もいるかもしれません。年末年始、遠方に住む子どもたちが実家を訪れたタイミングで、相続などについての話題が持ち上がることもあるでしょう。今回のお題は、そんな終活がテーマとなります。

ぜひ考えていただきたいのは、「終活は何のため、誰のためにするのか」ということ。それを自分なりに考えたうえで、幸せぐせはどちらかを選んでみてください。

Aを選んだ方は、子どもに迷惑をかけたくないという思いが強いのでしょう。それは理解できますが、その気持ちが本心なら、子どもに言われる前から自発的に終活に取り組んでいたはず。子どもに言われて始めるのは、やはり他力本願。後悔の元です。ですから、Aの選択が不幸ぐせ。幸せぐせは、子どもの意見に関係なく、自分たちのペースで終活を進めるB。大事なのはあくまで自分たちの生き方を尊重することです。

前述した「終活は何のため、誰のためにするのか」の答えは、自分のために、また残りの人生をいきいきと生きるためにするもの、というのが正しいと言えます。エンディングノートを書いたり、思い出の品を整理したりするのは、これまで生きてきた軌跡をたどることになりますし、どんな人生だったかを改めて心に刻むことにもつながるのではないでしょうか。

楽しかった思い出の中には、自分の心を喜ばせるヒントがあり、苦しかった思い出を振り返れば、よくぞ乗り越えた! と自分を誇らしく思うこともできるはず。また、人間関係を見つめ直すきっかけにもなるでしょう。大切なのは、生きがいをなくさない終活であること。そういう意味では、人から言われて仕方なく取り組む終活は、生きる力を失う死に支度になりかねません。