わざわざ危険へと足を踏み入れたのは
「ひょんと死ぬる」という言葉が印象的な本作の題名は、フィリピンのルソン島で23歳で戦死した詩人・竹内浩三が残した詩の一節だ。
テレビ局の下請け制作会社のディレクターである〈わたし〉は太平洋戦争後70年の節目に同地を取材し、この詩人についての番組をつくった。だが肝心なところであと一歩を踏み出せず、番組は失敗に終わる。やがて失意とともに会社を辞めた彼は、若い頃から愛着を抱いていた竹内浩三への思いを断ち切れず、数年後に同地を一人で再訪する。以後、この小説はフィリピンで彼が次々と出会う奇妙な出来事を綴っていく。
ルソン島では山岳民の長老バヤガンと再会し、その孫娘ナイマを紹介される。ナイマは工学を学んだ才媛で、一種の超能力をもっている。ナイマはイスラム独立派の闘士ハサンに一時は心を寄せていた。そのハサンと再会するため治安の悪いミンダナオ島を訪れるナイマの旅への同行を〈わたし〉は決意する。
ナイマにつきまとう財閥の御曹司アントニー、旧日本軍が隠した財宝を探すトレジャー・ハンターの男女2人組などが絡んでコミカルに進む物語は、誘拐監禁されていた日本人家族の存在が明らかになるに至り、一転して深刻な展開となる。
ナイマやハサンの人生は民族の運命と結びついており、いわば彼らは「歴史の中」を生きている、と〈わたし〉は感じている。わざわざ危険へと足を踏み入れたのは、そんな機会が自分にも訪れてほしかったからだ。その願いは物語の終盤で叶い、〈わたしたち〉はフィリピン戦の無残な実態を幻視することになる。この地では竹内以外にも、多くの者が「ひょんと」死んでいったのである。
著◎宮内悠介
祥伝社 1700円