半年で退陣した男をめぐる一大歴史ミステリー!
阪神タイガース第8代監督、岸一郎。男性の平均寿命が63歳ほどだった1955年、60歳で監督に就任したこの老監督は、わずか33試合の指揮を執り現場を退いた。
理由は「痔」の悪化。そんなバカな。経歴もほとんどわからない。タイガースファンでも彼の存在を知る者は少ない。
甲子園歴史館にある歴代監督の写真の下には、「異例のプロ野球未経験での監督就任。オーナー野田誠三宛に書いた『タイガース再建論』に野田が感激し、監督に就任した背景があったが、約半年という史上最短で退陣した」とあるのみ。果たしてそんなことが本当にあったのか。
出生地と言われる福井に行ってみても岸の存在を知る者はなく、いったい何者なのかと取材していくうちにこの人物の意外な経歴、そして阪神という球団に常につきまとう内紛とお家騒動の悪しき伝統の歴史までが見えてくる。知らず知らずのうちに岸一郎の存在が野球史のなかでも一大ミステリーとなっていることに気づき、ぐいぐいと読ませる。
『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』や『止めたバットでツーベース』など野球を知らない読者までをも魅了する、軽妙さとロマンが入り混じる筆致で有名な村瀬秀信氏の最新作。
読み進めるほどにこの奇妙な老人監督の就任騒動に笑いが止まらないのだが、次第に真相が明らかになっていくと想像もしなかった仰天の事実が芋づる式に出てくる。泥臭い取材力がもたらした奇跡の一冊。
なにせ実際に岸監督時代に選手3年目だった吉田義男氏(取材当時88歳)のインタビューから物語ははじまるのである。この取材記は、生前の岸を知る人々が存命である今しか成せないものだ。
野球や阪神に興味がなくても、歴史ミステリーものとして読んでほしい。時間を忘れる感覚を味わった。