1989年に漫画家デビュー、その後、膠原病と闘いながら、作家・歌手・画家としても活動しているさかもと未明さんは、子どもの頃から大の映画好き。古今東西のさまざまな作品について、愛をこめて語りつくします!(写真・イラスト◎筆者)
言葉にできない苦労をした
「ばあちゃんはな、尋常(小学校)しか出てねえだから、難しいことはわかんねえ。でも、苦労はしただよ。13歳かそこらで糸取りの奉公に出てな。だから、ばあさんの言うことは聞くもんだ」
祖母はよく、小さかった私に話してくれた。明治の終わりに神奈川の山奥の農家に生まれ、まだ小学校に上がる前から、山の峠の炭焼き小屋で働く父親に昼飯を届けに行ったこと。小学校を卒業した翌年、13歳で製糸工場の住み込みの奉公に出て働いたこと。戦争で2人の弟を亡くし、夫は戦後すぐ死んで、女手一つで息子2人を育て上げたことーー。
「言葉にできない苦労をしただ。夜は夜なべで繕い物。冬は家族で草鞋を編んだものさね」
そういう祖母の手は文字通り皺だらけ。これでもかというくらい「働いてきた手」。私はその手を美しく思い、尊敬した。
その同じ敬意を、この映画に登場するすべての女工たちに感じた。そう、『あゝ野麦峠』の女工たちだ。
この映画は1968年に出版された山本茂美の同名ルポルタージュをもとに映画化。1979年に劇場公開され、1980年にTV放映された。当時高校1年生の私は、家族とTVで見た記憶がある。