月の半分は実家で暮らすと決意したけど…
2年前、30年間勤務していた介護施設をやむなく辞めたというミスズさん(55歳・仮名=以下同)。片道3時間の距離にある実家にひとりで暮らす85歳の母親の介助が理由だった。ある日、畑仕事中に転倒して脳出血を起こし、手足に麻痺が残ってしまったのだ。ひとりで生活できないほどではないが、何をするにもゆっくりで、時間がかかるという。
「母は、『大丈夫よ』と気丈なのですが、やはり心配。仕事柄、転倒がきっかけで寝たきりになる人を何人も見てきましたから。私がマメに帰省して見守っていれば、防げたかも……といった後悔も湧いてきて。仕事の代わりはいるけど、娘の代わりはいませんよね。
夫は『うちに呼び寄せよう』と言ってくれたけれど、母はアクティブな性格ですから、仲良しのご近所さんや好きな畑から引き離されたら、認知症になりかねない。月の半分は実家で暮らし、母に仕えると決意しました」
ミスズさんは、実家にいる間、母親がまた転倒しないかと不安のあまり、常に母親に張りついた。トイレには昼夜問わず付き添い、畑仕事にも友達付き合いにも同行する。
「すると、ご近所さんに会うたび、『親孝行だね』『本当にいい娘さん』と言われるんです。だんだん、『お母さんの世話をサボっちゃダメよ』とプレッシャーをかけられているように感じて、イライラが募ってきました」
「通い介助」を始めて半年もすると、さまざまなことが気に障ってくる。まず、一日中母親と同室で過ごすのは、想像以上に息がつまることだった。また、「朝食は7時、昼食は12時、夕食は17時ちょうどに食べたい」という母親の希望に毎日応えてきたが、それも苦痛でたまらない。
「いつも定時の20分前くらいに、『もうすぐ食事の時間だよ』と声をかけてくる。その言葉を聞くのがいやで、早めに台所へ立つようにしたら、ずっと食事の支度に追われているようで……」
そんなある日、年末の大掃除のため家中のカーテンを洗い、窓を拭いていたミスズさんを、母親がいきなり怒鳴りつけた。「そんなこと、やらなくていいっ!」。
「今から思えば、母は、『こんなにホコリを溜めて』と娘に責められている気がしたのかもしれません。『主婦』としてのプライドが傷ついたのでしょう。でも、私はよかれと思ってしたことを咎められてむなしくなり、泣いてしまった。それ以来、体がだるくて何をするにも気力が湧かない、うつ状態に陥ってしまいました」