長野県のとある山間部に、一人の女性が立ち上げた介護施設がある。介護というとネガティブなイメージもあるが、ここでは毎日笑い声が絶えない。その明るさの秘密は、一体どこにあるのか。施設を開所した当事者であり、現在も訪問看護師として働く江森けさ子さんを訪ねた(撮影:藤澤靖子、寺澤太郎)
貧しい農村に生まれ、看護の道へ
長野県松本市の北東部にある四賀(しが)地区。標高1000m級の山々に囲まれた盆地に広がるのどかな田園地帯を、1台の車が軽快に飛ばしていく。「けさ子さんは運転速いから、追いかけるのが大変なんです」と、後続の車を運転するNPO法人「峠茶屋」事務長の木村美和さんが、笑いながら教えてくれた。
江森けさ子さん、83歳。60歳で故郷にUターンして介護事業を次々と立ち上げ、現在も訪問看護ステーションの管理者、訪問看護師として働いている。
車から降りて早々、「私は行きあたりばったりの人だから、予定表を作っておかないと皆さんが困ると思って」と話す江森さんは、昨夜パソコンで作ったという取材の予定表を配ってくれた。屋外での移動はつねに小走り。人懐こい笑顔と、全身から発する明るいエネルギーが印象的だ。
取材の打ち合わせをするために訪れた蕎麦店は、江森さんの小学校の同級生だという女将が1人で切り盛りする地元の人気店。
「村の人は、年取っても働き者。特に女性がそうだいねえ」「小さい頃から家を手伝ってきたから」と話す2人が生まれた頃、このあたりは養蚕でなんとか生計を立てる貧しい農村だったそうだ。小中学校時代は「野山で遊んでいた思い出しかないです」と、江森さんは笑う。