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阿川佐和子さんが『婦人公論』で好評連載中のエッセイ「見上げれば三日月」。一気に夏の気配を感じる陽気となり、そろそろサンダルを…と下駄箱の整理にとりかかったそうで――。
※本記事は『婦人公論』2025年7月号に掲載されたものです

しばらく寒暖差の激しい日々が続いた。昼間はポカポカしていても、日が暮れると一気に冷気が肌をさす。それはそれで心地よいが、服装の選択が難しい。が、いよいよ春がきた! と思ったのも束の間、今度は急に蒸し暑くなってきた。春を通り越し、一気に夏の気配を感じる陽気である。

衣替えは服のみならず、靴も同様。もはやブーツを履くことはなかろう。冬用の靴は奥にしまい、そろそろサンダルを出しましょう。玄関に座り込み、下駄箱の整理に取りかかる。するとまあ、忘れかけていた靴やサンダルがぞろぞろ出てくるではないか。

いつの頃からか、ヒールの高い靴を履かなくなった。長時間ハイヒールを履いていると腰が痛くなる。積年の腰痛持ちである。つま先あたりも痛くなる。若い頃はお洒落のために少々の苦痛には耐えたものだが、この歳になって意地を張る気はさらさらなくなった。長い時間歩く必要がない場合や改まった場所に赴くとき以外は、もっぱらぺちゃんこ靴で出かけることが通例となっている。

スニーカーが流行ったおかげもある。ワンピースやスカートを着たとき、ヒールのある靴を履くよりむしろスニーカーのほうがお洒落に見える。これは助かる。

三十年以上前、一年間だけアメリカに住んでいた時代のこと。ニューヨークの街を歩いていると、スーツの下に白いスニーカーを履いて颯爽と歩いているビジネスウーマンをちらちら見かけたものである。最初、その姿を見たときは、スーツなのになんで運動靴(当時はスニーカーという言葉にも馴染みがなかった)なんだ? と違和感を覚えたが、見慣れるにつれて、その姿がカッコ良く思われるようになった。しかも彼女たちはたいてい、傍らに提げている大きなバッグにヒール靴を、袋に入れることもせず、そのまま突っ込んでいた。ははあ、通勤は運動靴で移動して、オフィスに着いたらヒール靴に履き替えるんだな。なんとスマートなのだろう。