東京・池袋で4月19日に、乗用車が暴走し、母娘が亡くなるという傷ましい事故がありました。運転手が87歳の男性であったことから、「高齢ドライバー」に対する風当たりが強くなっています。実際に、「運転技術が低下してきた親に免許を返納してほしい」と思っている方も多いはず。以前、『婦人公論』の特集で、同じような読者の悩みに対し、高齢ドライバーに詳しい所正文さんはどう答えたのでしょうか。
読者のお悩み

運転技術が目に見えて低下している父。注意しても聞く耳を持たず、いつ事故を起こすかと心配です (51歳・自営業)


専門家の言うことは案外素直に聞いてくれる

同じような悩みを抱えている方が、近年非常に増えています。しかし免許返納を急かす前に、知っていただきたいことがあるのです。

まず「高齢ドライバー」=「危険運転」のイメージは、マスコミに煽られた極端な図式だということ。わが国の交通事故件数は大幅に減っています。事故死者数も2017年は約3700人で、ピークだった1970年と比べると4分の1以下。その中でも高齢者に関しては、歩行中に事故に巻き込まれるなど、被害者としての側面のほうがずっと大きいのです。

高齢ドライバーの事故が多く見えるのは、少子高齢化や若者の車離れといった背景から、免許保有者が若年層より高齢層に偏っているため。つまり分母が大きいので多くなるというわけです。純粋に「事故率」で比較した場合、若年層と高齢層に大きな差は見られません。

ただ事故の内容には違いがあります。若い人はスピード超過による衝突や追突事故が多い。一方、高齢者は交差点での右折事故や出合い頭の事故が目立ちます。若い人より慎重だが、複雑な動作や判断は苦手ということが言えるでしょう。年を取ると運転に必要な能力が、かなり衰えることは確かです。しかし80代でもちゃんと規則を守って堅実な運転をしている人がたくさんいることも事実であり、暦年齢だけで返納の是非を論ずることには問題があります。

運転免許は「自立」の象徴。家族の送迎などで、自分が役に立っているという自尊心にもつながります。無理に免許を取り上げて、行動範囲が狭まると、生活が不活発になり認知症の引き金になることもあります。

そのため、返納が必要な状況にあるかどうかの見極めが重要です。判断が難しかったり、運転に適していないことが明らかであるのに返納を拒んでいる場合は、かかりつけ医や地域包括支援センターに相談し、医師、看護師、ソーシャルワーカーなどから話をしてもらうのもいいでしょう。家族の言葉には耳を貸さなくても、専門家の言うことは案外素直に聞いてくれるものです。

必要なのは「説得」ではなく本人の「納得」

すぐに返納が必要ではないものの、運転能力が落ちている場合。これは欠点をカバーする運転行動を守ることで、ぐっと事故の起こる危険性を減らせます。

事故に結びつきやすい高齢ドライバーの特性として、「視力の低下(視野狭窄を含む)」「反応の速さや正確さが落ちる」「長年の運転経験からくる自分の運転能力に対する過信」の3つがあります。

これを踏まえて、夜間の運転はしない、交通量の多い複雑な道を使わない、天候の悪い日は運転しない、ということを徹底してもらうのです。多少不便になるとは思いますが、雨の日はタクシーを使ったり、誰か別の人に運転してもらったり。多少回り道をしても車の少ない安全な経路を探すなどの工夫を、親と一緒に考えることが大切です。

返納が必要な場合も、一方的に説得するようなことは絶対にしてはいけません。必要なのは「説得」ではなく本人の「納得」です。

クルマを失うと、生活にさまざまな不都合が生じます。地方であれば、なおさらのこと。その不便や不安を取り除くため、免許がなくなった後の移動の代替手段や生き甲斐などを、一緒になって考えましょう。

自分の人生を家族が本気で考えてくれていると感じれば、気持ちはきっと伝わります。親が住んでいる地域のネットワークを理解することも必要です。親の置かれている状況を知り、必要な部分を細やかにサポートする。介護と同じ発想で取り組むことが大切だと思います。