
江戸時代中期に、歴史の教科書でも有名な『解体新書』を翻訳執筆した杉田玄白と前野良沢。仲間たちとともに遅々として進まない翻訳作業に明け暮れる二人だが、ある日、玄白は良沢に対して、奇妙な違和感を感じ始める……。小説界を驀進中の著者が描く、驚愕の江戸奇譚開幕!
明和八年、三月四日。江戸が三谷にある茶屋の床几(しょうぎ)に尻を置く玄白の目の前には、しきりに桜の花びらが舞い落ちていたのを覚えている。そいつが嗚呼(ああ)、なんとも美しくって、とならぬのは、その花びらの落ちる理由が隣に尻を並べている己の同輩であるからだ。
「玄白殿。もうそろそろ出発してよい頃合いではありませんか」
言いながらの貧乏揺すりが、床几の角が当たっている桜木をゆさゆさと揺らしている。
「でもまだ約束の刻限にはなっていませんし」
答えて玄白は一本通りを挟んだ真向かいの店へと目線を投げる。人気の煙草屋とあって数人の小僧が店表を箒(ほうき)で掃いているが、暖簾(のれん)はまだ掛けられていない。あの店が開くまで待つとの約束だが、今少し時がかかりそうだ。
「どうせ私以外、来やしませんよ」
またぞろ花びらが一枚、二枚舞い落ちてくる。
「だって、玄白さん。あなたが手紙を出したのは昨夜(ゆんべ)なのでございましょう」
その問いかけに玄白は「ええ」と答えながら、膝の上に置いた手を見下ろす。朝にもう一度手水で擦ったのだが、爪には墨が入り込んだままである。
町奉行曲淵(まがりぶち)甲斐守の臣、得能(とくのう)万兵衛(まんべえ)からの手紙が届いたのは昨夜、町木戸が閉まる直前であった。一体なんのご用事だろうか。首を捻りつつ、もしやと跳ね飛び封を開ければ、明四日に小塚原(こづかっぱら)で腑分(ふわ)けがあるから望みならばおいでなさい、とこうある。玄白は諸手を上げて喜んだ。こんな倖せを独り占めしてはならぬと思いつくまま誰彼に手紙を書いて、金子の入った巾着(きんちゃく)袋ごと飛脚の帯に突っ込んだ。そうして明朝、うきうき心が跳ねるまま向かった茶屋で待っていたのは、淳庵一人だったというわけである。
「昨夜手紙を出して、今朝集まれってのはどう考えても急ですよ」淳庵はこれみよがしにふうと息を吐く。
「私のように仕事を休んでまで来ようとする人はおりますまい。しかも腑分けだ。我々のような医者を生業(なりわい)としている者でなければ、心の支度も必要となってまいりましょう」
小塚原は江戸指折りの刑場である。ここで罪人の磔(はりつけ)、火刑、打首が執行されるとあって、連日人が押しかける。なかでも打首ののち晒される首は、大店の旦那が駕籠(かご)に乗ってまで観に来る人気の代物であるが、玄白がどうしても知りたいのはその首から下だ。刑死体の腑分けが時たま行われ医師の見学が許されているとの噂を耳にした日から、どうぞ己もと町奉行に訴え続けていたが、ついぞ叶えられることはなかった。だからこそ、此度ようやっと町奉行から届いた手紙に有頂天にもなる。有頂天になって、たいして親交のない人間に手紙を送ったりもする。
「これで腑分けに間に合わなかったりなぞしたら、私は毎日あなたの枕元に立って……あ、ほらほら店が開きましたよ」
淳庵が尻に発条(ばね)でも仕込まれているかのように立ち上がる。前についっと顔を動かせば、小僧らは後ろ手に前掛けの紐をきゅうっと締めていた。たしかにこれ以上待っても仕方がないね。玄白も続いて腰を上げたそのときだ。
「お待た、せを、いたし、ました」
目の前に男が立っている。上背も肩幅もあるゆえその迫力といったら玄白と淳庵は床几ごとずずずと後ずさってしまうほど。しかし、その代わりとばかりに体全体で息をしている姿は、背を摩ってやりたくなった。着物の合わせも逆とはひどい慌てよう。なにより鬢(びん)が思い切りほつれていたのが、玄白がそのお人を思い出すのに間が必要だった理由であった。
「……良沢さん」おずおずであっても口に出してみれば腑に落ちた。「あなた、前野良沢さんですね」
「いかにも」
頷くと顎に垂れた汗が綺羅綺羅と光る。その汗に己でまだ気付かれていないってんだから、仰天だ。まさかあの四角四面であったお人がこうまで慌てて来られるだなんて。
玄白が呆気に取られているのは声でわかるはずなのに、良沢は「それで」と熱を帯びたままの声で話を続ける。
「ここにお二方がいらっしゃるということは腑分けはまだ行なっていない。今から向かうということでよろしいか」
「え。ええ。今、発とうとしていたところです。集まったのは淳庵さんと良沢さん、あなたを入れた三人で」
安心したように良沢の口からほうと吐かれた息に、玄白は自然笑みがこぼれる。
「そうまで腑分けを楽しみにしていらっしゃったのですか」
「無論です」良沢はきっぱりと言い切り「これを手にした日から何十年、何百年と待ち望んでおりましたゆえ」懐から取り出した一冊の本に、あっと玄白の喉から声が駆け上がってくるのも仕方がなかった。しかし、そいつは喉仏のところで寸止め。しれっとした顔を作りつつ、玄白は袂(たもと)の中に手を入れる。
「何百年ですか。そりゃあとんでもなく熱が入っておいでだ」
良沢が口にした冗談を弄りながら一冊の本を取り出してみせると、お次は良沢の喉が鳴った。
これこそが『ターヘル・アナトミア』。独逸(ドイツ)人の書いた和蘭語の解剖書であった。互いが互いの書物に目をやってから、顔を合わせてふふ、と笑う。
数年もの間、名前すら思い出すことのなかった間柄である。それがこうして同じ書物を手に持ち相対している。そんな仏の手によるが如くの巡り合わせに、玄白の顔は火照ってくる。
間違いないね、と玄白は心の内でほくそ笑む。
腑分けにここまで心を注げるだなんて良沢は間違いなくおかしな人間で、それでいて、玄白と同じ類の生き物であるのだ。
玄白は江戸の牛込矢来で生まれた。父は小浜藩主に仕える医者であり、その専(もっぱ)らとするところは阿蘭陀(オランダ)の外科。父と同じ道を歩んだのは別段、父親の背中に憧れたわけではない。むしろめすと呼ばれる阿蘭陀製の小刀を事あるごとに見せて回って、藩医の立場を守る父の姿に辟易していた。そこで玄白は家を出て師を取った。しかし、この師の背中もあまりに矮小。膏薬(こうやく)を貼ったり針で膿を出したり焼いた鉄で出血を止めたりするくらいで『金瘡跌蹼療治之書』やら『金瘡自得』やらと、つらつら漢字の並ぶ書物を板行していたりする。
玄白は物足りなかった。なぜなら外科だ。外科ならば体を開いてこそではないのか。
そんなことを思って町奉行に連日手紙を送り続けて、ようやっと叶ったというのが此度の腑分けの顛末であった。
だからこそ、玄白は今朝方、家を出る前に己の頬を強く叩いた。淳庵と落ち合い、床几に尻を並べている間も綻びそうになる口の端に必死に力を込めていた。
笑みはいけねえ、笑みはいけねえ。正しいのはこのお顔、と隣に目をやれば、そこには腑分けに対して勇ましい声を上げながらも、どこか強張った感じの淳庵の顔がある。
果たして己はこんなお顔ができるかしらと不安に思っていたものだから、ここに良沢が加わってくれて心底よかったと安堵している。
三人揃って小塚原の刑場に向かっている道中も、鼻息荒くふんふん気合いを入れて己に言い聞かせていた。
死体を前にしても、決して笑みはこぼさぬように。
しかしこいつは全くもっていらぬ杞憂(きゆう)であったらしい。
「ここです、ここ、ここ。この肉を切りましてな。ちょいと摘んで捲り上げましたら、ほうら出てきた」
しわくちゃの手が広げられた腹内に入ったかと思うと、なにやらをぬるりと持ち上げる。
「こいつが胃の腑でございます」
手のひらの上に載せられているそれに、玄白は思わず息が詰まった。指と指の間から筋が一本垂れ落ちて、手首にぺちりと当たって貼り付いた。その音に淳庵は我に返ったように頭を揺らし、手元の手帖に筆を走らせる。その間にも老人は胃の腑を筵(むしろ)の上に置く。手つきは雑把であるにもかかわらず、置かれた胃の腑がころころ転がってゆかぬのは、さすが臓物の扱い方が分かっているからか。
「でもって、ここにあるのが心の臓。お触りになりますか。今朝方死んだばかりですのでそれほど硬くはなっておりませんで」
早朝首が斬られたのは齢五十歳ほどの女人であった。見物は数人いたのみで、小塚原の刑場から近くに建てられた小屋へ死体が運ばれてゆく間にも駆け寄ってくる家族や知り合いがいなかったのを哀れに思う心はある。小屋の中、粗末な台の上に置かれるまでは役人らが付き添ったが、腑分け人が到着するなり、踵(きびす)を返して小屋を出て行った。代わりに腑分け人が罪人の仔細を告げる。渾名は青茶婆ぁ。本の名は、はて……忘れちまいましたな、これだから老体はいけねえ。首はお役人が持ってちまって確かめられねえが、鼻のあたりは別嬪(べっぴん)の名残があったそうで。あとは乳が随分大きい。へへへ、皆様方、ようございましたな。嗄れ声でのおちょくりに、淳庵は眉を跳ね上げた。
「なんです、それは。我々がそんな下卑たものに喜ぶとでも」
噛み付くような物言いであったが、腑分け人は、いいえ、いいえと笑いながら、ゆっくりと首を横に振る。
「腑分けをするときにゃあ、乳袋がでかいと都合がいいのです」
ほら、この通り。
言って腑分け人は青茶婆ぁの腹に小刀で一本縦に線を引くと、おもむろに両手で両胸を鷲掴んだ。ぐぐぐとそのまま体を割り開き、玄白らに向かって笑みを寄越した。呆気に取られる玄白の隣から、淳庵の喉がきゅうと閉まる音がする。良沢は口を閉じたまま、腹が開かれた死体を見つめたまま、身じろぎ一つしない。
腑分け人は九十歳ほどの爺ぃであった。本来であれば、もっと若い者が来ることとなっていたが、なにやら当日になって持病の癪(しゃく)が出たやらで代わりにこの老体がやってきた。
「乳袋が左右の重りとなって肌がぴいんと張るのです。おかげで刃が綺麗に進みます」
そんなことを嬉しそうに口にしながら、腑分け人は何本もの小刀を使い分けて死体の胸へと差し掛かる。その手先からは一寸たりとも下心を感じない。
玄白は懐から『ターヘル・アナトミア』を取り出しつつ、男の顔をちらと見る。
こいつが胃の腑、心の臓、肝に胆にと腑分け人は至極丁寧に臓物の位置を指差し教えてくれる。
こいつももしや己と同じか。おかしな人間であるのだろうか。このような生業を続けたゆえに、どこかしらの螺子(ねじ)が外れてしまったか。
ならば、己はそうまで笑みを隠さなくてもよいかも知れぬ。
思って、目の前にある死体と書物をゆっくり見比べ始めたが、小屋を出る頃には玄白の顔から笑みは消えていた。
淳庵が間に合わぬと訴えるので、小塚原から一等近くの茶屋の暖簾をくぐった。玄白は床几に尻を置くなり項垂れる。隣に静かに尻が置かれるのを待って口を開く。
「……違うておりました」
己の吐いた言葉に一寸沈黙があってから「……ええ」と返された声の低さに確信する。
「体の中身がまるっきり漢方医書とは違うておりました」
隣の良沢は己と同じく、腑分けの成果に打ちのめされている。淳庵はおそらく厠(かわや)にいるだろう。腑分けが臍(へそ)より下に差し掛かったあたりから口元を押さえていたから、腹の中身を吐いているに違いない。玄白は良沢と二人、ぽつりぽつりと言葉を交わす。
「紅毛人の書いた医書がこうも正しくあったとは」
今まさに目にしてきた腑分けで暴かれた体の中身は『ターヘル・アナトミア』に描かれていたままであった。
「李朱医学が唱えてきた五臓六腑に陰陽五行、五運六気とは一体なんだったのでありましょうか」
病の因はすべて体の内の不調から生じるものと考え、吐瀉(としゃ)や下剤など体の中身を外に出すことで治療を行ってきた。肝、心、脾(ひ)、肺、腎からなる五臓と大腸、小腸、胆、胃、三焦(さんしょう)、膀胱からなる六臓を整えりゃあいい。それを訴えるかの如く、絵図の中に描かれた臓物は時代を経るごとにどんどん膨らんでいく。しかし、この可笑しな絵図に物申す者は幾人かはいた。
「やはり山脇(やまわき)先生の書かれた『蔵志』。あれを信ずるべきでございました」
宝暦四年、京の山脇東洋(とうよう)先生が公許を得た人体解剖をはじめて京で成し遂げた。その際にご覧になった腑の配置について李朱医学ではなく、蛮書、すなわち西洋書の内容が正しいことを認めておられた。
此度の腑分けで、玄白はそれをまざまざと知るところとなった。
笑みなど浮かべている暇などない。己らの医学は西洋にこれほどまでに遅れをとっている。
茶屋の娘が持ってきた湯呑みにも手をつけず、先に見た腑の色をぼうっと思い出しておれば、良沢の立ち上がる気配があった。
「厠へ行かれるのですか」
尋ねると、良沢は顔を少し背けて口籠もり「……いえ」と答えてから続ける。
「骨を」
「骨?」
「骨を拾おうと思いまして」
刑場に刑死人の骨がいくつも捨てられていたようでございましたので。
呟きながらも居ても立ってもいられぬようなその様子は、おそらく玄白と同じ焦りから萌え出たものだ。無論、玄白も立ち上がった。目の端で湯呑みが倒れたのに気づいたが、そんなこと気にしちゃいられない。良沢とともに刑場までの道を戻り、そこで骨と思われる小さく白いものを数本摘み上げ、それを地面に広げた手拭いの上へと並べていく。二人して夢中で歩き回って地面に目を凝らし、おっと、その骨は大きいね。思い切り指を伸ばすと、額同士で打つかって互いに尻餅をついた。しばし顔を見合わせて、吹き出す。ひとしきり腹を抱えて笑っておれば、
「人間とはすごいものでございますなあ」
しみじみとした声にそちらを見遣る。すると、良沢は地面に尻を預けたまま、空を見上げている。
「あるべきところにあるべき大きさ、あるべき重さの腑が詰まっている。縦にも横にも一寸たりとも動かしてはならない。そんな中身でございました」
「ええ、本当に」
玄白は立ち上がり、丁寧な手つきで手拭いで骨を包みあげる。
「さて、拾った骨は私の家で預かっておくのでよいですかな」
出来る限り平静を装った声色をつかったつもりであった。だが、ちょいとばかり語尾が跳ねたか。こちらを振り向く良沢の目は一旦見開かれ、それから輝きを増す。
「そいつは至極ありがたい」と返された良沢の声が脈打っているように聞こえるのは、己の思い違いではないはずだ。「それならば」と玄白は声を高らかに仕掛ける。
「訳述の方は一体いつから始めましょうか」
良沢は地面を踏み締め、立ち上がる。
「無論、今日から」
こうして『ターヘル・アナトミア』の訳述が始まった。
さすがにその日からというわけにはいかなかったが、なら明日から是非にと押し込んでくる良沢の心意気には玄白だって気持ちが昂る。だが、厠から戻ってきた淳庵は訳述への参加には幾度も頷いたが、良沢が加わることについては眉を顰(ひそ)めた。
正直なところを申しますと、私は反対です。
我らよりも十は年上で、五十にとどこうという年輩だ。どう付き合うてよいかが分かりませぬ。叔父である淀藩の医者に育てられたとのお噂ですから、まあ、我らとわかり合える部分はあるかとは思いますがね、一等問題なのは、あの方の性根ですよ。人との交際を好まず、病と称して家に閉じこもり和蘭語の勉学に励んでおられるのは有名な話。聞けば、同藩の者が彼の勤めの怠りを藩主に訴えたそうにございます。ですが、藩主は「あれは和蘭の化物だからほうっておけ」と言うたらしいのです。
そんなお人と共に机を並べて訳述ができるとお思いですか。
しかし、玄白は淳庵を宥め説得し、頷かせた。
だって己らに和蘭語はできぬ。外から和蘭語ができる者を連れてくるのは時がかかるし、どれほど力を注いでくれるかもわからない。
何より玄白は、この男を手放したくはなかった。己の傍にいて欲しかった。
おかしなのは己だけではないと思いたかった。
今日ようやっと辿り着いたフルヘッヘンドまでの道行きをさらさらと手帖にまとめ上げていると日が暮れていた。小便がしたくなって外へ行こうと格子戸を開ければ、自宅の前には蛞蝓(なめくじ)が三度生き返っても死ぬほどの塩が撒かれている。玄白は苦笑する。この様子じゃあ厠は隣町のを使わねばならぬだろう。これ以上近所のお人らの神経を逆撫でしたくはない。夕餉の時分とあって、振売(ふりうり)の魚を売る声が家の外から聞こえてくる。その声を追いかけるように、女中が慌てて家の裏口から出て行く。玄白の家は避けられているから、こちらから引き留めにいかねばならぬのだ。
部屋に塵を運ばせた女中は次の日、玄白に暇乞いを申し出た。
「玄白殿。もうそろそろ出発してよい頃合いではありませんか」
言いながらの貧乏揺すりが、床几の角が当たっている桜木をゆさゆさと揺らしている。
「でもまだ約束の刻限にはなっていませんし」
答えて玄白は一本通りを挟んだ真向かいの店へと目線を投げる。人気の煙草屋とあって数人の小僧が店表を箒(ほうき)で掃いているが、暖簾(のれん)はまだ掛けられていない。あの店が開くまで待つとの約束だが、今少し時がかかりそうだ。
「どうせ私以外、来やしませんよ」
またぞろ花びらが一枚、二枚舞い落ちてくる。
「だって、玄白さん。あなたが手紙を出したのは昨夜(ゆんべ)なのでございましょう」
その問いかけに玄白は「ええ」と答えながら、膝の上に置いた手を見下ろす。朝にもう一度手水で擦ったのだが、爪には墨が入り込んだままである。
町奉行曲淵(まがりぶち)甲斐守の臣、得能(とくのう)万兵衛(まんべえ)からの手紙が届いたのは昨夜、町木戸が閉まる直前であった。一体なんのご用事だろうか。首を捻りつつ、もしやと跳ね飛び封を開ければ、明四日に小塚原(こづかっぱら)で腑分(ふわ)けがあるから望みならばおいでなさい、とこうある。玄白は諸手を上げて喜んだ。こんな倖せを独り占めしてはならぬと思いつくまま誰彼に手紙を書いて、金子の入った巾着(きんちゃく)袋ごと飛脚の帯に突っ込んだ。そうして明朝、うきうき心が跳ねるまま向かった茶屋で待っていたのは、淳庵一人だったというわけである。
「昨夜手紙を出して、今朝集まれってのはどう考えても急ですよ」淳庵はこれみよがしにふうと息を吐く。
「私のように仕事を休んでまで来ようとする人はおりますまい。しかも腑分けだ。我々のような医者を生業(なりわい)としている者でなければ、心の支度も必要となってまいりましょう」
小塚原は江戸指折りの刑場である。ここで罪人の磔(はりつけ)、火刑、打首が執行されるとあって、連日人が押しかける。なかでも打首ののち晒される首は、大店の旦那が駕籠(かご)に乗ってまで観に来る人気の代物であるが、玄白がどうしても知りたいのはその首から下だ。刑死体の腑分けが時たま行われ医師の見学が許されているとの噂を耳にした日から、どうぞ己もと町奉行に訴え続けていたが、ついぞ叶えられることはなかった。だからこそ、此度ようやっと町奉行から届いた手紙に有頂天にもなる。有頂天になって、たいして親交のない人間に手紙を送ったりもする。
「これで腑分けに間に合わなかったりなぞしたら、私は毎日あなたの枕元に立って……あ、ほらほら店が開きましたよ」
淳庵が尻に発条(ばね)でも仕込まれているかのように立ち上がる。前についっと顔を動かせば、小僧らは後ろ手に前掛けの紐をきゅうっと締めていた。たしかにこれ以上待っても仕方がないね。玄白も続いて腰を上げたそのときだ。
「お待た、せを、いたし、ました」
目の前に男が立っている。上背も肩幅もあるゆえその迫力といったら玄白と淳庵は床几ごとずずずと後ずさってしまうほど。しかし、その代わりとばかりに体全体で息をしている姿は、背を摩ってやりたくなった。着物の合わせも逆とはひどい慌てよう。なにより鬢(びん)が思い切りほつれていたのが、玄白がそのお人を思い出すのに間が必要だった理由であった。
「……良沢さん」おずおずであっても口に出してみれば腑に落ちた。「あなた、前野良沢さんですね」
「いかにも」
頷くと顎に垂れた汗が綺羅綺羅と光る。その汗に己でまだ気付かれていないってんだから、仰天だ。まさかあの四角四面であったお人がこうまで慌てて来られるだなんて。
玄白が呆気に取られているのは声でわかるはずなのに、良沢は「それで」と熱を帯びたままの声で話を続ける。
「ここにお二方がいらっしゃるということは腑分けはまだ行なっていない。今から向かうということでよろしいか」
「え。ええ。今、発とうとしていたところです。集まったのは淳庵さんと良沢さん、あなたを入れた三人で」
安心したように良沢の口からほうと吐かれた息に、玄白は自然笑みがこぼれる。
「そうまで腑分けを楽しみにしていらっしゃったのですか」
「無論です」良沢はきっぱりと言い切り「これを手にした日から何十年、何百年と待ち望んでおりましたゆえ」懐から取り出した一冊の本に、あっと玄白の喉から声が駆け上がってくるのも仕方がなかった。しかし、そいつは喉仏のところで寸止め。しれっとした顔を作りつつ、玄白は袂(たもと)の中に手を入れる。
「何百年ですか。そりゃあとんでもなく熱が入っておいでだ」
良沢が口にした冗談を弄りながら一冊の本を取り出してみせると、お次は良沢の喉が鳴った。
これこそが『ターヘル・アナトミア』。独逸(ドイツ)人の書いた和蘭語の解剖書であった。互いが互いの書物に目をやってから、顔を合わせてふふ、と笑う。
数年もの間、名前すら思い出すことのなかった間柄である。それがこうして同じ書物を手に持ち相対している。そんな仏の手によるが如くの巡り合わせに、玄白の顔は火照ってくる。
間違いないね、と玄白は心の内でほくそ笑む。
腑分けにここまで心を注げるだなんて良沢は間違いなくおかしな人間で、それでいて、玄白と同じ類の生き物であるのだ。
玄白は江戸の牛込矢来で生まれた。父は小浜藩主に仕える医者であり、その専(もっぱ)らとするところは阿蘭陀(オランダ)の外科。父と同じ道を歩んだのは別段、父親の背中に憧れたわけではない。むしろめすと呼ばれる阿蘭陀製の小刀を事あるごとに見せて回って、藩医の立場を守る父の姿に辟易していた。そこで玄白は家を出て師を取った。しかし、この師の背中もあまりに矮小。膏薬(こうやく)を貼ったり針で膿を出したり焼いた鉄で出血を止めたりするくらいで『金瘡跌蹼療治之書』やら『金瘡自得』やらと、つらつら漢字の並ぶ書物を板行していたりする。
玄白は物足りなかった。なぜなら外科だ。外科ならば体を開いてこそではないのか。
そんなことを思って町奉行に連日手紙を送り続けて、ようやっと叶ったというのが此度の腑分けの顛末であった。
だからこそ、玄白は今朝方、家を出る前に己の頬を強く叩いた。淳庵と落ち合い、床几に尻を並べている間も綻びそうになる口の端に必死に力を込めていた。
笑みはいけねえ、笑みはいけねえ。正しいのはこのお顔、と隣に目をやれば、そこには腑分けに対して勇ましい声を上げながらも、どこか強張った感じの淳庵の顔がある。
果たして己はこんなお顔ができるかしらと不安に思っていたものだから、ここに良沢が加わってくれて心底よかったと安堵している。
三人揃って小塚原の刑場に向かっている道中も、鼻息荒くふんふん気合いを入れて己に言い聞かせていた。
死体を前にしても、決して笑みはこぼさぬように。
しかしこいつは全くもっていらぬ杞憂(きゆう)であったらしい。
「ここです、ここ、ここ。この肉を切りましてな。ちょいと摘んで捲り上げましたら、ほうら出てきた」
しわくちゃの手が広げられた腹内に入ったかと思うと、なにやらをぬるりと持ち上げる。
「こいつが胃の腑でございます」
手のひらの上に載せられているそれに、玄白は思わず息が詰まった。指と指の間から筋が一本垂れ落ちて、手首にぺちりと当たって貼り付いた。その音に淳庵は我に返ったように頭を揺らし、手元の手帖に筆を走らせる。その間にも老人は胃の腑を筵(むしろ)の上に置く。手つきは雑把であるにもかかわらず、置かれた胃の腑がころころ転がってゆかぬのは、さすが臓物の扱い方が分かっているからか。
「でもって、ここにあるのが心の臓。お触りになりますか。今朝方死んだばかりですのでそれほど硬くはなっておりませんで」
早朝首が斬られたのは齢五十歳ほどの女人であった。見物は数人いたのみで、小塚原の刑場から近くに建てられた小屋へ死体が運ばれてゆく間にも駆け寄ってくる家族や知り合いがいなかったのを哀れに思う心はある。小屋の中、粗末な台の上に置かれるまでは役人らが付き添ったが、腑分け人が到着するなり、踵(きびす)を返して小屋を出て行った。代わりに腑分け人が罪人の仔細を告げる。渾名は青茶婆ぁ。本の名は、はて……忘れちまいましたな、これだから老体はいけねえ。首はお役人が持ってちまって確かめられねえが、鼻のあたりは別嬪(べっぴん)の名残があったそうで。あとは乳が随分大きい。へへへ、皆様方、ようございましたな。嗄れ声でのおちょくりに、淳庵は眉を跳ね上げた。
「なんです、それは。我々がそんな下卑たものに喜ぶとでも」
噛み付くような物言いであったが、腑分け人は、いいえ、いいえと笑いながら、ゆっくりと首を横に振る。
「腑分けをするときにゃあ、乳袋がでかいと都合がいいのです」
ほら、この通り。
言って腑分け人は青茶婆ぁの腹に小刀で一本縦に線を引くと、おもむろに両手で両胸を鷲掴んだ。ぐぐぐとそのまま体を割り開き、玄白らに向かって笑みを寄越した。呆気に取られる玄白の隣から、淳庵の喉がきゅうと閉まる音がする。良沢は口を閉じたまま、腹が開かれた死体を見つめたまま、身じろぎ一つしない。
腑分け人は九十歳ほどの爺ぃであった。本来であれば、もっと若い者が来ることとなっていたが、なにやら当日になって持病の癪(しゃく)が出たやらで代わりにこの老体がやってきた。
「乳袋が左右の重りとなって肌がぴいんと張るのです。おかげで刃が綺麗に進みます」
そんなことを嬉しそうに口にしながら、腑分け人は何本もの小刀を使い分けて死体の胸へと差し掛かる。その手先からは一寸たりとも下心を感じない。
玄白は懐から『ターヘル・アナトミア』を取り出しつつ、男の顔をちらと見る。
こいつが胃の腑、心の臓、肝に胆にと腑分け人は至極丁寧に臓物の位置を指差し教えてくれる。
こいつももしや己と同じか。おかしな人間であるのだろうか。このような生業を続けたゆえに、どこかしらの螺子(ねじ)が外れてしまったか。
ならば、己はそうまで笑みを隠さなくてもよいかも知れぬ。
思って、目の前にある死体と書物をゆっくり見比べ始めたが、小屋を出る頃には玄白の顔から笑みは消えていた。
淳庵が間に合わぬと訴えるので、小塚原から一等近くの茶屋の暖簾をくぐった。玄白は床几に尻を置くなり項垂れる。隣に静かに尻が置かれるのを待って口を開く。
「……違うておりました」
己の吐いた言葉に一寸沈黙があってから「……ええ」と返された声の低さに確信する。
「体の中身がまるっきり漢方医書とは違うておりました」
隣の良沢は己と同じく、腑分けの成果に打ちのめされている。淳庵はおそらく厠(かわや)にいるだろう。腑分けが臍(へそ)より下に差し掛かったあたりから口元を押さえていたから、腹の中身を吐いているに違いない。玄白は良沢と二人、ぽつりぽつりと言葉を交わす。
「紅毛人の書いた医書がこうも正しくあったとは」
今まさに目にしてきた腑分けで暴かれた体の中身は『ターヘル・アナトミア』に描かれていたままであった。
「李朱医学が唱えてきた五臓六腑に陰陽五行、五運六気とは一体なんだったのでありましょうか」
病の因はすべて体の内の不調から生じるものと考え、吐瀉(としゃ)や下剤など体の中身を外に出すことで治療を行ってきた。肝、心、脾(ひ)、肺、腎からなる五臓と大腸、小腸、胆、胃、三焦(さんしょう)、膀胱からなる六臓を整えりゃあいい。それを訴えるかの如く、絵図の中に描かれた臓物は時代を経るごとにどんどん膨らんでいく。しかし、この可笑しな絵図に物申す者は幾人かはいた。
「やはり山脇(やまわき)先生の書かれた『蔵志』。あれを信ずるべきでございました」
宝暦四年、京の山脇東洋(とうよう)先生が公許を得た人体解剖をはじめて京で成し遂げた。その際にご覧になった腑の配置について李朱医学ではなく、蛮書、すなわち西洋書の内容が正しいことを認めておられた。
此度の腑分けで、玄白はそれをまざまざと知るところとなった。
笑みなど浮かべている暇などない。己らの医学は西洋にこれほどまでに遅れをとっている。
茶屋の娘が持ってきた湯呑みにも手をつけず、先に見た腑の色をぼうっと思い出しておれば、良沢の立ち上がる気配があった。
「厠へ行かれるのですか」
尋ねると、良沢は顔を少し背けて口籠もり「……いえ」と答えてから続ける。
「骨を」
「骨?」
「骨を拾おうと思いまして」
刑場に刑死人の骨がいくつも捨てられていたようでございましたので。
呟きながらも居ても立ってもいられぬようなその様子は、おそらく玄白と同じ焦りから萌え出たものだ。無論、玄白も立ち上がった。目の端で湯呑みが倒れたのに気づいたが、そんなこと気にしちゃいられない。良沢とともに刑場までの道を戻り、そこで骨と思われる小さく白いものを数本摘み上げ、それを地面に広げた手拭いの上へと並べていく。二人して夢中で歩き回って地面に目を凝らし、おっと、その骨は大きいね。思い切り指を伸ばすと、額同士で打つかって互いに尻餅をついた。しばし顔を見合わせて、吹き出す。ひとしきり腹を抱えて笑っておれば、
「人間とはすごいものでございますなあ」
しみじみとした声にそちらを見遣る。すると、良沢は地面に尻を預けたまま、空を見上げている。
「あるべきところにあるべき大きさ、あるべき重さの腑が詰まっている。縦にも横にも一寸たりとも動かしてはならない。そんな中身でございました」
「ええ、本当に」
玄白は立ち上がり、丁寧な手つきで手拭いで骨を包みあげる。
「さて、拾った骨は私の家で預かっておくのでよいですかな」
出来る限り平静を装った声色をつかったつもりであった。だが、ちょいとばかり語尾が跳ねたか。こちらを振り向く良沢の目は一旦見開かれ、それから輝きを増す。
「そいつは至極ありがたい」と返された良沢の声が脈打っているように聞こえるのは、己の思い違いではないはずだ。「それならば」と玄白は声を高らかに仕掛ける。
「訳述の方は一体いつから始めましょうか」
良沢は地面を踏み締め、立ち上がる。
「無論、今日から」
こうして『ターヘル・アナトミア』の訳述が始まった。
さすがにその日からというわけにはいかなかったが、なら明日から是非にと押し込んでくる良沢の心意気には玄白だって気持ちが昂る。だが、厠から戻ってきた淳庵は訳述への参加には幾度も頷いたが、良沢が加わることについては眉を顰(ひそ)めた。
正直なところを申しますと、私は反対です。
我らよりも十は年上で、五十にとどこうという年輩だ。どう付き合うてよいかが分かりませぬ。叔父である淀藩の医者に育てられたとのお噂ですから、まあ、我らとわかり合える部分はあるかとは思いますがね、一等問題なのは、あの方の性根ですよ。人との交際を好まず、病と称して家に閉じこもり和蘭語の勉学に励んでおられるのは有名な話。聞けば、同藩の者が彼の勤めの怠りを藩主に訴えたそうにございます。ですが、藩主は「あれは和蘭の化物だからほうっておけ」と言うたらしいのです。
そんなお人と共に机を並べて訳述ができるとお思いですか。
しかし、玄白は淳庵を宥め説得し、頷かせた。
だって己らに和蘭語はできぬ。外から和蘭語ができる者を連れてくるのは時がかかるし、どれほど力を注いでくれるかもわからない。
何より玄白は、この男を手放したくはなかった。己の傍にいて欲しかった。
おかしなのは己だけではないと思いたかった。
今日ようやっと辿り着いたフルヘッヘンドまでの道行きをさらさらと手帖にまとめ上げていると日が暮れていた。小便がしたくなって外へ行こうと格子戸を開ければ、自宅の前には蛞蝓(なめくじ)が三度生き返っても死ぬほどの塩が撒かれている。玄白は苦笑する。この様子じゃあ厠は隣町のを使わねばならぬだろう。これ以上近所のお人らの神経を逆撫でしたくはない。夕餉の時分とあって、振売(ふりうり)の魚を売る声が家の外から聞こえてくる。その声を追いかけるように、女中が慌てて家の裏口から出て行く。玄白の家は避けられているから、こちらから引き留めにいかねばならぬのだ。
部屋に塵を運ばせた女中は次の日、玄白に暇乞いを申し出た。
〈つづく〉
