
「人生100年時代」と言われる今、認知症は決して他人事ではない身近な問題の1つです。[1]2040年には、584万人が認知症になると予測されています。[2]日本人の平均寿命は男性が81.09歳、女性が87.13歳。一方、健康寿命は男性72.57歳、女性75.45歳。つまり多くの人が約10年以上、何らかの疾病を抱えて生きるということです。医学の進歩により身体の寿命を延ばしてきた一方で、今、注目されるのは脳の健康です。将来のリスクを下げるためにも、脳の変化が現れ始める40代から、脳の健康寿命を延ばす生活習慣を心がけることが大切です。脳の働きや健康について、アルツクリニック東京院長であり、順天堂大学医学部名誉教授の新井平伊先生にお伺いしました。 (構成:鹿田真希 イラスト:吉良乃お猫)
老化が身体機能に現れたら
脳の老化も始まっている
自身の感覚では、やる気や元気が十分に備わっていると思っていても、40代になると白髪(特に鼻毛)や老眼などの老化の兆候が現れ始めます。人間ドックでは、血糖値やコレステロール、血圧など、さまざまな生活習慣病の予兆を数値化して把握することができますが、脳機能を数値化するような検査は一般化されていないため、自分の脳の健康状態をあまり意識することがないのも現実です。
しかし、「身体機能の変化が現れたら、脳機能にも老化が始まっていると捉えたほうが良いでしょう。その変化は生活や仕事の中で〈これまでと何かが違う〉という感覚です。例えば、なぜかイライラが続く、よく眠れないなどの症状が多様な形で現れます。疲れやストレスと考えがちですが、実は認知症を起こす主な病気であるアルツハイマー病の発症の可能性もあります」と、新井先生は警鐘を鳴らします。
「認知機能の検査で異常は見つからないが、ど忘れや名前を思い出せない、本人だけが気づく記憶力の低下など、小さな変化を感じている状態がSCD(主観的認知機能低下)。SCDの先につながるのがMCI(軽度認知障害)で、日常生活に支障はないものの、物忘れの頻度が高くなる状態です。そして、MCIの約10〜15%が年間にアルツハイマー病へと移行します。SCDの段階で早期発見、早期予防に取り組むことで、脳の機能を守り、生涯現役で過ごす決め手となります。
アルツハイマー病は脳の神経細胞の内外にアミロイドβタンパクが溜まり、さらにタウタンパク質の蓄積も引き起こし、神経細胞を死滅させて脳が萎縮する病気です。アミロイドβタンパクは加齢とともに代謝されにくくなりますが、SCDの段階ですでにアミロイドβタンパクの蓄積が始まっています。病態として発症するまでには約20年かかると言われていますから、早期発見と予防の重要性が問われるのです。
気になる場合は、アミロイドβタンパクの蓄積を可視化するアミロイドPET検査を受けるとよいでしょう。アルツハイマー病の診断に関してはゴールドスタンダードと評価され、アルツクリニック東京では〈健脳ドック〉として検査が可能です。脳の状態を知ることは、認知症を予防し、脳の健康寿命を伸ばす手段となるのです」(新井先生)
脳の健康寿命を
伸ばすことは可能。
決め手は、楽しく継続すること
「脳の健康維持に最も重要なのは、身体の老化対策です。糖尿病や高血圧、脂質異常症などの生活習慣病は血管にダメージを与え、アルツハイマー病を進行させる要因になります。全身に酸素と栄養を運ぶ血管の健康を保つことが、脳の寿命を左右します。つまり、血管年齢は、身体年齢、脳年齢と直結します。生活習慣病のリスクがある人は、食事、睡眠、運動などを見直し予防をすること、すでに発症している人は適切な治療をすることが、認知症を予防する大前提です。
聴力の低下も認知症の引き金になります。[3]医学雑誌『ランセット』(2024年8月)に掲載された論文では、45歳〜59歳までの中年期では認知症リスクを高める要因として難聴が7%を占めており、高血圧2%のリスクよりも高い数値とされています。脳の機能を最大限に維持するのは、何かに取り組もうという〈意欲〉です。しかし、聴力の低下はコミュニケーション能力の低下を招き、意欲が削がれ、社会的孤立からうつ症状へと繋がって、認知症を発症する要因になります。早期予防の一環として専門医に相談し、聴力の改善を図ることをおすすめします」(新井先生)
脳寿命を伸ばし、健康な脳を維持するには、脳が喜ぶような習慣を取り入れると良いでしょう。ウォーキングやジョギングなどの有酸素運動や筋力トレーニングは必須。さらに、ただ歩くのではなく、頭の中で計算をしながらウォーキング、歌いながらジョギングをするなど、1つの作業に対して楽しみをプラスすることが脳の活性化につながると考えられます。
「日常生活も同様、2つの作業を同時に行うデュアルタスクをすることが脳を鍛えます。例えば英会話の練習しながら料理をするなど、自分なりの楽しみ方を見つけて続けると効果的です。脳トレ用のクロスワードパズルなどは同じ作業の繰り返しで、実は脳の一部しか使っていないので、あまり効果は期待できません。
また、良質な睡眠は脳の健康を維持する大きなファクターです。アミロイドβタンパクは睡眠中に代謝・分解され脳の外へ洗い流されるので、睡眠時間が短かったりすると、睡眠の質が悪いとアミロイドβタンパクが蓄積することになります。[4]疫学データでは6時間半から7時間の睡眠が認知症予防につながるとされています。
脳を鍛えるなら、麻雀や将棋、囲碁、チェスなど対人のゲームが効果を発揮するようです。推察、思考、判断を下す一連のプロセスは前頭葉を働かせ、さらにコミュニケーション能力を高め、ワクワク感を刺激する。何よりも勝ちたいという意欲を掻き立てられることが、脳の活性化にとっては大切なのです。
脳の健康習慣のキーワードは〈楽しみながら継続すること〉。続けられるということは、楽しいから。いくら体に良くても、楽しくなければ続きません。生活習慣の中で長期的に取り組めるようなものを探してみましょう」(新井先生)

新井平伊(あらい・へいい)先生
1984年順天堂大学大学院医学研究科修了。東京都精神医学総合研究所精神薬理部門主任研究員、順天堂大学医学部講師、順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学教授を経て、2019年よりアルツクリニック東京院長。順天堂大学医学部名誉教授。アルツハイマー病の基礎と臨床を中心とした老年精神医学が専門。日本老年精神医学会前理事長。1999年、当時日本で唯一の「若年性アルツハイマー病専門外来」を開設。2019年、世界に先駆けてアミロイドPET検査を含む「健脳ドック」を導入。著書多数
40Hz周期の音と光の刺激が
脳を刺激。
注目される研究データ
が発表された
2016年および[5]2019年に米国マサチューセッツ工科大学の神経科学者ツァイ・リーフェイ博士らの研究グループが、40Hzの周波数の音と光の刺激によりマウスの脳内にガンマ波を発生させ、認知機能改善の可能性を示す研究論文を発表しました。[6]ガンマ波とは、脳内で発生する電気的な5種類のリズム(脳波)の1つで、脳が高度な認知機能を発揮しているときにあわられているとされる脳波です。
[7]アルツハイマー型認知症の病態を再現したマウスに、40Hz周期の光(1秒間に40回の周期で点滅する光)を1日1時間当てることで、視覚野でガンマ波を誘発し、アミロイドβタンパクが減少することを発見しました。続いて、40Hz周期のパルス音(1秒間に40回鳴る音刺激)によって、聴覚野と記憶の司令塔といわれる海馬でガンマ波が発生し、蓄積したアミロイドβタンパクの有意な減少を確認したということです。
さらに、脳内のごみを除去できるミクログリアがアミロイドβの周囲に集積。また、40Hz周期のパルス音を聴かせたことにより、物や場所についての認知機能障害の改善がみられたと報告されました。その後もヒトによる安全性と効果を確かめる検証試験が進められていて、「この研究発表は認知症改善の要因として注目に値する」と新井先生は言います。
国内では、この論文に着目した塩野義製薬とピクシーダストテクノロジーズが、共同研究により、日常の音を40Hzに変調を施す「ガンマ波変調技術」で世界初の技術を開発し、特許を取得しました。その技術を用いて「ガンマ波サウンド™︎」が生まれました。アルツクリニック東京が運営する「健脳カフェ」(東京・四谷)では「ガンマ波サウンドルーム」にこのシステムを利用し、音の刺激による脳の神経細胞の活性化を期待しています。
「健脳カフェ」は、元気な時から認知症の予防に取り組むことを啓発し、脳の機能を活性化する体操や栄養教室、麻雀など多彩なプログラムを取り入れ、専門医の指導を仰ぎながら、脳の健康維持を促すコミュニティです。
テレビや音楽、日常の音を
「ガンマ波サウンド™︎」で聞いて
脳活習慣を
「日常的に耳にする音源を40Hzに変調し、生活の中に取り込むことができれば、認知症を予防し、脳の健康維持に役立つのではないか、と開発した技術が「〈ガンマ波サウンド™︎〉です」とピクシーダストテクノロジーズのシニアディレクター柴田浩次さんは解説します。
「脳波は大きく5種類に分類され、リラックスするときなどにあらわれると言われてきたアルファ波はよく知られていますが、ガンマ波は、集中力や記憶力を要する認知機能と深い関わりがある脳波です。[8]アルツハイマー型認知症を発症した脳はその出現が低下しているという報告があります。研究内容は、40Hz変調音を聞くだけで、脳の中でガンマ波が誘発されるというものです。変調音に真剣に耳を傾けなくても、家事や趣味を楽しみながら聞き流す〈ながら作業〉だけで十分ガンマ波が誘発されます。1日約1時間、40Hzの変調音を浴びるだけで、努力はいりません」
ガンマ波サウンド™︎は、普段聞いているテレビやラジオから流れる音源をリアルタイムで分離し、人の声はくっきりと聞きやすく、背景音だけを変調することで、違和感なくガンマ波を誘発することができ、毎日の脳の健康習慣に取り入れられるよう工夫が施されています。
「〈ガンマ波サウンド™︎〉は介護施設などに導入される一方で、スポーツ選手やビジネスマン、学習塾など集中力を必要とするシーンでも活躍する可能性があります。筋肉を鍛えるように、元気なうちから気軽に取り入れてもらえたら」と柴田さん。
「40Hzの変調音を聞くことで、例えば〈自分が今から集中できる状態だ〉と自ら脳のスイッチを切り替えてパフォーマンスを上げていくような研究成果を出したいと思っています。他にも、高齢者が多く在住するエリアでの試験的な試みとして、東北ケーブルネットワークの協力を得て〈ガンマ波サウンド™︎〉を利用して番組を放映し、社会実装を進めているところです。この技術をさまざまな場面で展開しながら、いかに脳の健康の支えになるかを検証しつつ、さらなる活用法とそれに伴う技術開発に鋭意取り組んでいます」と柴田さんは続けます。
脳を活性化する
最大の秘訣は
人生を楽しむこと
何らかの老化のサインを感じたら、脳の寿命をどのように延ばしていくか前向きに検討する時です。とはいえ、予防のために生活習慣を大きく変えるのもストレスに。
「脳の健康習慣は、楽しみながら余裕を持って生活の中に上手く取り込んでいくことです」と新井先生は話します。「ガンマ波サウンド™︎」もその1つ。生活を楽しむツールとして活用していくことで脳の活性化につながります。楽しいことは得意なこと。脳の健康に役立つ習慣をプラスして、人生を豊かに過ごすことが未来の脳の健康を守る最善策になるでしょう。
出典
[1] 「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」(令和5年度老人保健事業推進費等補助金 九州大学 二宮利治教授)からの数字
[2] 生命保険文化センターの数字。(リンク1、リンク2)
[3] Dementia prevention, intervention, and care - The Lancet
[4] Sleep duration, its change, and risk of dementia among Japanese: The Japan Public Health Center-based Prospective Study - PubMed
[5] Multi-sensory Gamma Stimulation Ameliorates Alzheimer's-Associated Pathology and Improves Cognition
[6] Human EEG gamma oscillations in neuropsychiatric disorders - ScienceDirect
[7] Multi-sensory Gamma Stimulation Ameliorates Alzheimer's-Associated Pathology and Improves Cognition
[8] Human EEG gamma oscillations in neuropsychiatric disorders - ScienceDirect
●お問い合わせ/
ピクシーダストテクノロジーズ株式会社
URL: https://gammawavesound.com/