大戦末期、戦艦大和とともに沖縄水上特攻を命じられた駆逐艦響は周防灘で触雷、落後する。乗組員の浦賀少尉は、日本の内海すら米軍の機雷で埋め尽くされた現実に愕然とする。
戦後、海上保安庁で日本周辺の掃海任務にあたっていた浦賀だが、ある日、緊急電により下関へ向かう。そこには多数の掃海艇が集結していた……。当時の日本の難しい立場を背景に約三十年も秘された事実をもとに、日本人にもっと知ってもらいたいと願う直木賞作家の著者が、全力で挑む歴史大作、ここに開幕!


 デイビス大尉は響の艦橋へ上がり、沖山艦長と型通りの会話を交わした。それから島田航海長の案内で艦内を見回り、弾薬を一切積んでいないことを確かめてから自分の艦へ帰って行った。
響は機関を始動し、米艦二隻に監視されながらヤップ港に入る。乗員は接岸作業を終えると、艦内の清掃、整理に移る。艦長自ら巡検して仕上がりを確認し、いつもより遅い夕食となる。たいていの乗員は休憩ののち就寝となったが、さして広くない烹炊所(ほうすいじょ)は、翌日から乗り込む便乗者の食事を用意すべく、夜遅くまで騒々しかった。
翌朝の午前九時。さして広くないヤップ港の岸壁は復員する兵で埋まった。とはいえ小さな駆逐艦は収容できる人数も相応に少なく、健康状態が悪い者を中心に二百数十名のみが乗艦する。復員兵たちの半ばはやせ細った足で舷梯を昇り、半ばは担架で運ばれてゆく。南洋の苛烈な太陽と飢えのためか、みな肌は艶のない黒色をしていた。
収容が終わると、響は直ちに出航する。海に出てすぐ昼食の時分となり、烹炊所から食事が運び出される。乗員向けには握り飯と沢庵だけで戦闘配食ほども素っ気なかったが、復員者には赤飯、味噌汁、竜田揚げ、筑前煮が振舞われた。病人には小豆粥(あずきがゆ)が炊かれた。翌日からは全員が通常の献立になったが、復員者にとっては腹いっぱい食べられるだけでも天国ほどの心地であったろう。
天候に恵まれ、三日ほどの航海で本州を視認した。横須賀にほど近い港に入ったのは一〇月の半ば。弱った身体と防夏衣のまま常夏の島から帰ってきた復員者たちは、みな寒さに震えた。
響が接舷作業を終えると、海軍中佐の階級章をつけた事務官がやってきた。
「受け入れの準備が整っていない。復員者の上陸は明日まで待つように」
事務官が言うやいなや、沖山艦長が目をいからせた。
「復員者たちに早く祖国の土を踏ませてやりたく思います。なんとか今日中に上陸できませんか」
「土を踏ませてやったところで、泊める宿舎がない。米軍にも復員者の到着を報告せねばならん。繰り返しになるが、明日まで待て」
つまりは事務官たちの仕事が遅いだけなのに、中佐は妙に横柄だった。
「では、せめて祖国の季節に応じた被服を手配いただきたい」
「二〇〇人以上の被服など、いますぐ用意できるものか。それも明日まで待て」
「明日にもらえるということは、いますでに、この港にあるのですよね。本艦の乗員に運ばせますから、港側のお手を煩わせることはありません」
「手続きがいる。ことに米軍がうるさい。物資の不正な横流しを気にしているらしい」
「ご忠告申し上げるが」
艦長は、一階級上の中佐に向かって礼儀を失わなかった。
「小官にも口がある。中佐の怠慢をしかるべき先に報告することもできるが、いかがか」
「誰に告げ口するのか」
「上級司令部にでも、もしくは中佐が顔色をうかがっている米軍にでも」
中佐はあからさまに嫌そうな顔をした。
「後ほど、倉庫へ案内する兵を寄こす。それでよいか」
「結構です。明日には復員者を上陸させますから、その手続きとやらもお忘れなく」
中佐は逃げるように帰って行った。案内の兵とやらは、わりかし早く現れた。
翌日、上陸が始まった。戦時中生産の粗悪品ながら長袖の衣服を着こんだ復員者たちはぞろぞろと艦を下り、所属部隊ごとに分かれて整列する。上級者からの訓示があり、歩けないものはそのまま病院へ運ばれた。
歩けるものは復員事務所へ向かうこととなり、艦長から見届けを命じられた浦賀も同行する。事務所は港にほど近い小学校で、復員者はまず、待機していた軍医から予防接種の注射を打たれる。続いて陸軍、海軍に分かれて、それぞれの主計将校が待つ机に向かい、給料と復員証明書、自宅までの旅費を受け取る。長い列となり、待つ間は握り飯と白湯(さゆ)が振舞われた。
復員者を見送った後、響は東京の石川島造船所に入渠(にゅうきょ)する。ヤップ島で臨検の憂き目にあった原因である武装が、ここでやっと撤去された。二〇日弱の突貫工事を経て、追い出されるように出航した響は、今度はトラック諸島へ向かう。
トラックは、ヤップ島から一五〇〇キロほど東にある。直径三〇カイリほどの環礁を防波堤にした巨大な港のような地形で、環礁の内側には春夏秋冬、七曜などを名にしたいくつもの小島がある。
戦争中、トラックには連合艦隊の根拠地があった。米軍はトラックを素通りし、ただし潜水艦で封鎖しながら空襲で無力化させる方針を取った。海陸合わせて四万人を超える守備隊は、ヤップと同じく飢餓と空襲に悩みながら終戦を迎えた。
響は、トラックにやってきた四番目の復員船となった。といっても、それまでの復員船も小さな駆逐艦だった。響一隻が来たところで多数の兵を残さざるをえない。やはり二〇〇人ほどの兵士を乗せて帰国した。
大日本帝国が正式に軍隊を解散させたのは、響がトラックから帰還して、整備を受けていた十二月一日のことだった。その数日後、第二復員省なる看板に代わった旧海軍省から、視察の将校が響を訪れた。
「おう、浦賀か。久しぶりだな」
視察の将校は、かつて機雷の専門家として海軍省軍務局に所属していた松原少佐だった。
「ご無沙汰しています」
響の艦橋で、浦賀は型通り未満のそっけない挨拶を返す。妙に馴れ馴れしい松原を、正直にいえば好んでいない。
「いまは少佐ではない。第二復員官だよ」
「小官も、というより少尉以上はみな第二復員官となりました。分かりにくいので、本艦では従前の階級で呼び合っています」
「分かりにくい、という点では同感だ。戦争に負けてから万事がどたばたしとるが、官制くらいはきちっとしてもらいたいものだな」
「その官制を決めた本省に、松原少佐はおられたのでは」
「俺は機雷ひとすじでな。官制はもっと潮気の抜けたやつらの仕事さ」
「いまも機雷を」
「ああ。総務局掃海課という部署でな。まあ、人員もやることも変わらん。ただし仕事が増えた。今日は機雷と無関係の、出航を控えた復員船の巡検に駆り出されている。ずっと本省にいる俺ごときが、潮風に鍛えられた海上勤務諸君の仕事ぶりに、どうケチをつけてよいか皆目わからんがね」
せっかくだ、と松原は、航海長と話し込んでいる艦長へ顔を向ける。
「艦長、私は浦賀第二復員官に艦内を案内してもらいます」
「もう少し待ってもらえれば、私が連れていくが」
沖山艦長の申し出に、松原はすげなく首を横に振った。
「艦長と航海長のお話はまだ続くのでしょう。艦長じきじきのご案内はありがたいですが、私は待たされた分だけ時間を食います」
松原の物言いに慣れていないらしい艦長は、宇宙人でも見るような目をしたあと「承知した」と応じる。
「そら、案内せよ。浦賀第二復員官」
「本艦では少尉と呼んでください」
しぶしぶ浦賀は歩き出す。
「どちらから見て回られますか。ご希望がなければ魚雷発射管があったあたりからお連れします。いまは鋼板で小屋を建てて、復員者の居住区にしてあります」
響は、駆逐艦の命である魚雷発射管すらもぎ取られた。その無念を本省の人間にも分かってもらいたいつもりで浦賀は言った。
「それより機雷だ。話してよいか」
松原はやはり人情味に欠けていた。
「――どうぞ」
やはりしぶしぶ、浦賀は頷く。
「日本の港と各航路に敷設された機雷は早々に除去せねばならん。敗戦のごたごたでしばらく止まっていた掃海は、先月にやっと再興にこぎつけた。復員に回せぬ小艦艇が中心ながら三五〇隻近く、人員一万人と、なかなかの陣容でな」
松原はすらすらと話す。
「さしあたり、針の穴ほどの小さな航路を啓開している。進駐してきた米軍によれば、来年二月までには彼らが敷設した機雷は自滅するとのことだったから、その時までを凌げばなんとかなる、と算段していた」
国際法は戦争後の速やかな機雷除去を定めている。ゆえに通常、機雷は自滅装置を備えるなりして寿命も設定している。
ところが、と松原は続ける。
「掃海が再興されたばかりの先日、米軍より再度、通告があった。来年二月に自滅するのは音響機雷のみ。磁気機雷と磁気水圧複合機雷は、その後も相当に長く作動し続けるとのことだ」
「いまさら、どういうことです」
浦賀は顔をしかめた。
「米軍も、自分たちが何を造ったかよく分かっていなかったのだろう。敵に情けは無用。機雷寿命の正確な把握など、なお無用、ということかな。もしくは、人道を愛すると公言するあちらさんなりに、日本との戦争はなりふり構っていられない激戦だったのかもしれん。ときに貴様、復員が終わった後はどうする」
「どうって」
浦賀は虚を衝かれた。
「考えていません。それどころではありませんから」
「復員船を待つ外地の将兵、民間人はたしかに膨大だ。だが無限ではない。いずれ復員は終わる」
かつて浦賀に戦争の終わりを予告した松原は、またも冷厳に言った。
「問題は掃海だ。こちらも無限の機雷があるわけではないが、いつ完了するか見当もつかんくらいには多い。複数の島から成る我が国の航路を塞いでいるわけだから、いつか終わればそれでよい、というものでもない。復員した将兵が郷里に帰る船、焼け野原を復興させる資材を積んだ船、疎開先から親元へ帰る子供たちを乗せた船が、いま脅威にさらされている」
視察に来たくせに、松原は歩いている艦内のどこにも目を注いでいない。ただし、すれ違いざまに敬礼する兵がいれば、いちいち律儀に敬礼を返している。
「復員輸送が終わったあと、やりたいことがないのなら掃海部隊に来い」
「なぜ、私なのですか」
「貴様には見込みがある。前にそう言ったはずだが」
「正確には、面白いやつだと言われました」
「同じだ。まあ貴様だけでなく、暇そうなやつにはやたらめったら、声を掛けているのだが」
「正直ですね」
「ほんとうに嘘をつかねばならん時に相手を上手くだませるよう、ふだんは正直さを心掛けている」
「その時が来ないことを祈っておきます。ただ、いまは目先の任務しか考えられません」
「分かるよ、俺も機雷のことしか考えられない。いや、嘘をついた」
「少佐と話していると、頭がおかしくなりそうです。ところで機雷のほか、何を考えておられるのですか」
問うと、松原はニッと笑った。
「わが海軍の再建だよ」
さすがに浦賀は眉をひそめた。また、いつも将来の話しかしない松原が奇妙に思えた。
「海軍はなくなったばかりです」
「ばかりと言うより、莫迦な決定だ。自衛の軍備すら持たぬ国家などあるか。常識だ」
「軍人らしいご見解です」
「こう考えたことはないか。大日本帝国の巨大な軍事力は、東アジアに一定程度の安定をもたらしていた、と」
「さように高邁な識見は持ち合わせていませんが、外地で日本が歓迎されていたとは聞きません。ずいぶん厚顔なご見解と思いますが」
そもそも、ポツダム宣言は、軍人の復員にしか言及していなかった。戦勝国側では、外地の日本民間人について現地に定着すべき移民と解していたらしい。ただし日本の政府は、終戦後早々に民間人の引き揚げも急ぐと決定した。つまりは、民間人であっても身の危険が差し迫っているくらいには、日本人は外地住民に憎まれている。その日本人が「諸君らに安定をもたらしていたのだ」などとうそぶけば、さらに恨みを買うだろう。
「事実のたいていは、聞く者の期待を裏切るものだ」
松原は悪びれない。
「日本の影響力が消滅した東アジアは、一九世紀の状態に戻る。つまりは列強の草刈り場だ。あからさまな植民地化がなくとも、相容れぬはずの資本主義国と共産主義国は勢力圏の確定を急ぐだろう」
「少佐が、科学小説にあるような現代に来た未来人でないことを祈ります」
「俺が未来人なら、いまごろ投資か競馬で儲けてのうのうと暮らしている。そもそもは野心のない俗物だからな」
「少佐のお人柄には興味ありません」
「いずれ、興味を持たざるをえんようになる。で、どうだ。掃海部隊に来ないか」
「考えられません」
そうか、と松原は妙に寂しげな顔をした。       〈つづく〉

 

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