夢の外側 17

 9 母の話と父の話

    五月の後半になって、すでに真夏のような暑い日が続いた。エアコンのない花屋の二階で段ボール箱を開けていると、タオルで拭いたそばから汗が流れ落ちてきた。

 まだ湿度がそれほどでもないからましだけれど、これ以上暑くなったらここで作業すると熱中症になるかも。駒子(こまこ)は台所の前の椅子に腰掛け、ペットボトルのお茶を飲んだ。

 商店街に面した窓と、台所の小窓を開けているので、少しは風も通る。窓の近くで座っていると、多少汗も引いてきた。

 平日の午後、商店街のはずれにある通りは静かで、ときおり自転車のブレーキの音が響くくらいだ。昔は商店街のスピーカーから流れるアナウンスや音楽が小さく聞こえてきたが、今はそれもない。

 一階のシャッターは閉めているので、ここで駒子が荷物整理をしていることに気づく人もいないようで、ここにいても、駅からの道でも誰かから声をかけられることはなかった。

 商店街側の部屋に置かれていた箱は、ほとんどが洋服だとか食器だとか生活用品の類で、まとめて処分してもらってよさそうなものばかりだった。新聞紙に包まれた食器を全部確かめたりはしていないが、軽く探ってみた中にあった水色がかったグラスと耐熱の白い皿のセットは使いやすそうだったので、持って帰ることにした。

 見終わった段ボール箱を反対側の壁に寄せると、その奥の襖がようやく開けられる状態になった。そこに押し入れがあると、駒子にはもちろんわかっていて、捨てないほうがいいものがあるとしたらここに入っていそうだと考えていた。考えていたので、押し入れを開けるのは気が重くもあった。

 三日前の夜、伯母から電話があった。

 駒子が行く日に合わせて、もう一人の伯母といっしょに荷物を見に来ると言っていたのだが、やはり都合が悪くなったと言ってきた。

「駒子ちゃん、土日が休みじゃないんだものねえ。お友達ともお休みが合わなくて大変なんじゃない?」

 伯母たちが引き取るようなものはなさそうなのに、電車を乗り継いで冷房もない家に来るのは億劫なのだろう。駒子自身、母が伯母たちに連絡をしていなければ確認を取らなくたってよかったのに、と思っている。

 都合はつかないままだが、伯母は予定を聞く電話をかけてくるたびに、あれこれ長話をする。父の昔話がしたいようだ、と駒子はやっとわかってきた。

 父・和彦(かずひこ)より七つ年上の伯母は、弟が生まれたときからとてもかわいがっていて、和彦は私が育てたようなものよ、となにかにつけ言っていた。もう一人の伯母も、きょうだいの中で年が近い和彦と仲がよかったらしい。

 伯父たちは、和彦は姉たちに甘やかされて育ったからおれたちと違ってやさしいんだ、その代わり女に頭が上がらないんだ、と酒を飲むと笑いながら言っていた。彼らにとってはかわいい弟が真っ先に突然死んでしまってさびしいし、懐かしみたいのだろう。そして駒子にも、同じように、寂しがって、懐かしがることを求めている。

 伯母の電話に曖昧に話を合わせつつも、それは彼らにとっての和彦の話であって、自分が知っている父の話は誰ともすることができないという思いが、だんだん大きくなっていた。

 押し入れの襖は、ところどころ破れたまま年月の経過で薄茶色くくすんでいた。

 衣装ケースの一つに腰掛け、駒子は二十年以上ぶりにその襖を眺めた。下のほうには松原と海の絵が印刷されている。子供のころ、この絵を長い間眺めていたことを思い出す。波をひたすら見つめて、波に乗って遠くへ流れていく自分を想像していた。

 いまさらながら考えてみれば、駒子がここに残された荷物を確認したり片づけたりする必要はないかもしれない。ここに置きっぱなしで存在を忘れていたのだから、箱の中身がなにかわからないまま処分してしまっても、今の駒子の生活に支障はないだろう。それなのにこの部屋の中に置き去りにされた箱の中を確かめたいのは、ここで暮らしていた時期の、母や父と暮らしていたときの、さらに言えば自分が生まれてから母と父の家で育ってきたあいだに、なにがあったのか、そのことに自分がどんな影響を受け続けてきたのか、知りたいからだった。

 感情の起伏が激しい母と、その母を最優先する父とのあいだで、自分も兄も不安定な子供時代を送ってきたこと自体は、早い時期に理解していた。家は帰りたいところやほっとする場所ではなかったし、同級生たちが家族との楽しいできごとを話すときや、学校やテレビや物語の中で家族のいい思い出だとか親が子供をどれだけ思っているかだとか親が死んでからその大切さに気づいただとか、そんな話をされるたびに居心地が悪かった。

 就職して家を出てからは、母と父とはなるべく距離を置くようにしてきたし、当時の彼らの年齢に近くなってからは、彼らなりに必死で生活を成り立たせていたのだろうと考えもして、自分の気持ちの安定を確保するように努めてきた。だけど、それでも割り切れないことが自分の奥底に残り続けていて、残り続けていることから目を逸らせなくなって、ここにそれを説明してくれる何かがないか探しているのだと思う。

 駒子は、大きく息をついて立ち上がると、押し入れの襖に手をかけた。しかし、立てつけが悪くなっているのか何かが引っかかっているのか、十センチほど開けたところで動かなくなった。開いた隙間に見える暗闇が、少し怖くなる。

 駒子は、開いたところに両手をかけた。何度か力を入れると、急にすっと動いて、勢いでバランスを崩した。同時に、上段に詰め込まれていたらしい枕が一つ落ちてきた。

 顕わになった押し入れの上段には、布団や古いタオルなどが積まれていた。下の段には、部屋の中と同じように衣装ケースと段ボール箱が詰められている。

 手前からいくつかの箱を引っぱり出す。衣装ケース二つは隙間から見てみたが祖母や母の洋服らしきものが入っているだけだった。

 この中もやはり雑多なものがあるだけだろう、と少し気を抜いてその隣にあった段ボール箱を開いたとたん、駒子はどきりとした。

 父が勤めていた会社の社名が印刷された封筒がいくつかあり、表には見覚えのある父の文字で平成十三年、平成十四年といくつかの日付が書かれていた。

 恐る恐る中を覗くと、信用金庫の通帳が数冊と税金かなにかの通知書のようなものが見える。

 考えてみれば、父はここに置いた荷物を遺したまま自分が死ぬとは思っていなかっただろう。引っ越しで片づけたときに新居には持って行かなかっただけかもしれないし、とりあえず置いていただけでいつか処分するつもりでいたのかもしれない。

 躊躇はありつつも、通帳と公的な書類ぐらいなら私が中を確認してもいいだろう、と駒子は自分を納得させて、取り出した通帳を開いてみた。

 口座名義は父で、繰り越しで始まっているのでいつ開いた口座かはわからないが、入出金は多くない。ときおりまとまった切りのいい金額が入金されていて、生活に使っていたのではなく、貯蓄のためかなにかの支払いのためかに分けておいた口座だろう、と駒子は推測した。

 出金のほうは、毎年同じ時期に二種類の金額が振り込まれ、それからときどき兄宛てにも振り込みがされていた。

 一緒に入っている税金か公共料金だろうか、と封筒から取り出した通知書を確かめた。

 数年分あるそれは、国民年金と国民健康保険のものだった。しかしそこに印字されているのは、父の名前ではなかった。「原田和真(かずま)」。兄の名前だった。金額は、通帳の出金額と一致していた。

 挟み込まれていたメモ用紙には、兄の名前と日付が、やはり父の字で書かれていた。

 頭と胸の内側が、冷えていくのを感じた。部屋の中はさっきまでと変わらず蒸し暑いのに、通帳とメモを持つ指先が冷たくなった。

 父は、兄が大学を辞めてオーストラリアにワーキングホリデーに行っているあいだも、帰国してから仙台、京都、福岡とバイトを転々としていた時期も、兄の国民年金と健康保険料を支払っていたようだ。それは兄が二十九歳で福岡の飲食チェーンの会社に就職する直前まで続いていた。

 外国にいた兄が支払いを頼んだのかもしれない、と考えてみる。帰国してからも住民票を移していなかった兄宛ての通知書が実家に届くから、父が立て替えていただけで、後から兄が返した可能性もある。

 だとしても、日付のあとのほうは、駒子が大学を卒業後に契約社員として勤めた会社がリーマンショックの余波で経営が急激に悪化し、契約を切られてしまった時期と重なっていた。やっと実家を出て、駅から徒歩二十分近くかかる不便な場所だったが一人暮らしを始めたのに、更新料が払えずに実家に戻るしかなかった。アルバイトや短期の派遣業務でつないで次の就職先が見つかるまでのあいだも、年金や健康保険は駒子自身が支払っていた。

 その時期にも、兄の年金と健康保険を父は支払っていた。それに、ときどき振り込み先に兄の名前があるのは、仕送りに思える。

 その時期、兄からはたまに連絡があるだけで、家の中で兄の話もほとんどしなかった。それは自分だけの記憶なのだろうか。十年以上経っているのに、こんなことで気持ちを乱される自分は被害妄想のようなものに取り憑かれているのだろうか。

 駒子は、今はこれ以上、箱の中のものを確認する気がしなくなった。しかし、いくつも重ねられた同じ社名入りの封筒の中身が気にはなり、箱から取り出して、持参したキャリーバッグに入れた。

 押し入れの下段は、襖を開いたときには衣装ケースや段ボール箱がぎっしり詰まっているように見えたが、手前に積まれていた分を取り出すと、奥にはなにもなかった。暗い空間に、埃が積もっているだけだった。

 

 週末を待って、駒子は仕事から帰宅したあと兄に電話をかけた。

 一度かけても出ず、十五分ほどしてかけ直すと、ようやく面倒そうな声が聞こえた。

 少し前に花屋の建物の荷物を片づけることは伝えてあったから、そのことでなにか確認されるか手伝わされるかと予想がついているのだろう。それに、母や父に関する連絡は駒子にとっても楽しいことではなく、面倒だったり気の進まないことばかりだったりするから、私が母や伯母の電話に出るときもこんな声なのかもしれない、と思うと笑いそうになった。

 押し入れにあった封筒から父名義の通帳と兄の年金や健康保険の通知書を見つけたこと、父が兄のそれらを肩代わりしていたのかということを、駒子はなるべく平坦な、事務的な確認事項のような口調を心がけて尋ねた。

「年金? なに? いつの話してんの?」

 兄はすぐには駒子が何のことを言っているかわからないようで、何度か聞き返した。

 兄は自宅にいるようで、テレビの音声や中学生の息子二人がしゃべっている声が聞こえていたが、話すうちに部屋を移動したのか、静かになった。

「そんな二十年も前のこと、急に言われても。確か、父さんが気を回して払ってくれてたんだよ。おれが知ったのは、就職した先で手続きするときで。実家に通知書が届くから仕方なく払ってやってたんだぞ、って言われたよ」

 健康保険料は知らないことはないんじゃない、と駒子は聞いたが、そのあいだ兄は一度も病院に行かなかったという。確かに兄は体調を崩すことは少ない人で、病院嫌いでもあった。でも、ほんとうに?

 釈然としないままだったが、兄は当時は明日のこともわからない生活で必死だったから、そんなことを考える余裕はなかったなどと話した。

「父さんは、ときどき電話もかけてきてくれてたんだよな。おれはそのころはとにかく家から離れたかったから、父さんからの電話もウザいなんて思っちゃってたけど、心配してくれてたし、父さんはやさしかったなって、今さらながら思うよ。おれのこと気にかけてくれてたのはありがたいよ、母さんとは違って」

 母さんとは違って、と兄はつけ加えずにはいられないのだろう、と駒子は思う。

「私は失業してうちに戻ってるときは生活費としてお金入れてたし、年金も自分で支払ってたよ」

 それも、なるべく不満に聞こえないように心がけて言った。

 遠くにいる兄の話し方は、以前よりも穏やかになっているとは感じる。子供も成長してきて、仕事も順調のようだし、落ち着いた生活をしているのだろう。

「駒子はなんでも一人で抱えるから。相談すればよかったのかも。もちろん、母さんにじゃなくて父さんに」

「相談って。失業して家賃が払えないからうちに戻らないといけなかったのに」

「駒子のことは信じてたんじゃないの? おれは信用されてなかったんだよ、大学も辞めたし外国行ったりふらふらしてたから。こいつは将来のことなんか考えてないだろう、ほっといたらだめだ、って思われてたんじゃねえか? 実は二、三回、お金を送ってくれたことがあったんだよね。借金でもされたら困ると思ったのかも」

 兄は軽く笑った。

「とにかく、おれはうちから離れた場所で生きるしかないって、そればっか考えてたから。それでよかったって、今は思ってるよ。それで結果的に、母さんのことをお前に押しつけたみたいになったのは悪かったと思ってるよ。だけど、あの人と生活するのは無理じゃん。駒子はやさしいっていうか、ずっと母さんの標的になっちゃってたから大人になっても言うこと聞いちゃうのかもしれないけど」

「標的?」

「いや、父さんが言ってたことあったからさ。駒子は母さんの標的になってかわいそうだ、って」

 母が駒子に怒鳴ったり物を壊したりすると父が言っていた言葉が、駒子の中で渦巻いた。

 ――駒子は賢いから、お母さんを怒らせないように気をつけられるよね。

 ――お母さんは病気だから、お父さんが助けてあげないといけないんだ。

 ――お母さんは特別だから、お父さんや駒子が守ってあげないといけない。

 駒子は標的になってかわいそう? 

 なんで私が標的になってると思ってた?

 黙ったままの駒子に、兄は話し続けた。

「母と娘って、同性だからこそ境界線が難しくなることってあるだろ? うちの奥さんも、あっちのお母さんと難しい時期があったらしくて、いろいろ聞いててさ。お互いに共通する経験があったから、お互いにわかりあえたのかもな、って」

「そうかもしれないね」

「あそこにある荷物は必要ないから置きっぱなしにしてたんだろ? 駒子が母さんやら伯母さんやらに気を遣って片づけなんかやることないって。母さんに言って、業者にまとめて処分してもらうのがいいよ。その費用だったら、おれも少しは出すから」

「そうだね」

「とにかく、あの家からも、母さんからも、離れたほうがいいよ。昔のことつらつら考えてたって、自分がつらくなるだけだって。離れるのがいちばん」

 兄の言っていることは正しいのだろう。私がいつまでも過去のことにこだわっているから、いい年をして自分の感情にけりをつけて前向きになることもできないでいるのだろう。駒子がそう思っている間、兄は上の子供が高校受験で毎日遅くまで塾通いしていることや下の子供がサッカー部でレギュラーになれそうなことなど、近況を珍しくあれこれ話して、電話を切った。

 駒子は一人の部屋で、持って帰ってきた封筒や食器を詰めたキャリーバッグを開ける気がしないまま、しばらく寝転がっていた。

「所長!」

 レッスンを終えて出てきたマイマイ長谷部(はせべ)が、駒子に声をかけた。駒子が所長になったことが周知されてから、マイマイ長谷部は駒子に会うたびにわざとらしくそう呼びかけてくる。もうそろそろ飽きるだろうと駒子は思っているが、長谷部は相変わらず楽しげにその肩書きで呼ぶ。

「お疲れさまです」

 顔も上げずに返した駒子を気にせずに、長谷部はカウンターの前に立った。

「一昨日、S教室で中島麗子(れいこ)さんに会ったんだよ。前にもちらっと言ったけどさ、原田さんに会いたいから、連絡取ってくれないかって頼まれて。原田さんというか、たぶんほんとは原田さんのお母さんに会いたいんだと思うんだけど」

 そうだった、私も話を聞きたいと思っていたのに業務の慌ただしさで忘れていた、と駒子は中島麗子の顔を思い浮かべた。

「昔の話、中島さんからなにか聞きましたか?」

「えーっと、原田さんのお母さんのことは、特には……。ザ・ラストサウンズのメンバーのエピソードはちらっと教えてくれたけどね。ダイスケさんがモテたから、ライブに来た女の子同士が喧嘩になっちゃった話とか」

 長谷部の声がさらに軽い調子になり、駒子は、きっと母のこともなにか聞いたのだろうと推測する。嘘がつけないところは長谷部のいいところ、というほどでもないが、悪意がないのは確かだ。

「中島さんに私も会いたいですって伝えてください。私からも連絡します」

「えっ、ほんと? 中島さん、喜ぶと思うなあ。あのー、それって、おれもいっしょに行くなんてことは……、あ、だめですよね、はい、すいません」

 悪意はないが、ないところが面倒なんだよなー、と思いつつ、駒子は長谷部が話すダイスケや他のメンバーのエピソードを聞き流した。

                                   (つづく)