『文学は実学である』著◎荒川洋治 みすず書房 3600円

 

意表を突くタイトルに込めた思い

ある時期から「詩人」ではなく「現代詩作家」と名乗るようになった著者は、エッセイの名手としても知られている。本書はこれまでに出たエッセイ集を再編集した、いわゆるベスト版である。

もっとも古い文章は1992年にまで遡るが、これは著者がまだ「詩人」と名乗っていた時期にあたる。本書は長い時間のなかで紡がれてきた、この書き手の思考の道筋をゆっくりと辿ることができる、きわめて有益な書物である。

意表を突く本書のタイトルは、収録されたごく短い文章の一つから採られたものだ。これまで実学と思われていたものが「あやしげ」になるなか、〈読む人の現実を、生活を一変させる〉力をもつ文学こそ「実」ではないか。文学に対するそうした揺るがない信頼のうえで、同時代の「詩」や「詩人」、さらには「編集者」への厳しい指摘がなされる。

多くの読者を獲得した茨木のり子の詩集『倚りかからず』に対し、それが〈「いい詩集」であると理解する読者の存在を疑ったことがない〉のではないかと指摘し、〈読めばすぐに意味が伝わり、たちどころに「倫理的な効果」をあげてしまう自分の詩のしくみ〉に「倚りかかって」いると評するくだりは、その最も容赦のない例である。

散文と詩の言葉とを対比させた文章も、本書のなかで強く印象に残るものだ。伝達を第一に置く散文は〈作者個人の知覚をおさえこむ〉がゆえに「異常」な言葉だと著者はいう。では詩はどうか。〈詩は、標準的な表現をしないために、異様な、個人の匂いがそこにたちこめる。他人の存在や体臭をいとういまの人にはうっとうしい〉。こう書く著者自身の「匂い」が、散文集であるはずの本書からも立ちのぼっている。