『1984年に生まれて』著◎■景芳 訳◎櫻庭ゆみ子 中央公論新社 2000円
 

『1984』が投げかけた問いに対する遠い未来からの返答

急速な経済発展とともに大国化が進む中国では、SFというジャンルでも新世代の優れた小説家が登場しつつある。三つの社会階層により分断された北京市の奇想天外な未来像を描いた「折りたたみ北京」という短編が英訳され、アメリカの著名な賞、ヒューゴー賞を得た■景芳(ハオ・ジンファン ■は赤におおざと)もその一人だ。

彼女の長編として初めて日本に紹介される本作はジョージ・オーウェルのあまりにも有名な作品へのオマージュであり、同作が投げかけた問いに対する、遠い未来からの返答でもある。

主人公の軽雲(チンユン)は文革世代の父をもつ、1984年生まれの若い女性だ。彼女が誕生した年、父は改革開放政策の機運に乗った外国との取引が裏目に出て、海外に逃亡せざるをえなくなる。そしてそのまま、ながらく妻子のもとに戻らない。大学卒業後の進路に悩む軽雲はプラハで父に再会する。父は自分の「心の中の声」に耳を傾けるよう彼女に助言するが、そのときに彼女に聞こえてきたのは[カレラハオマエヲミテイル。]という恐ろしい声だった。

本作ではこの作家の本領であるSF的要素はかなり抑制されており、世界のどの国の若い世代にも通じる悩みが描かれる。グローバル化が進む社会のなかで、自分はどこに足場を定めて生きるべきか。社会の不公平の拡大を見て見ぬふりしてよいのか。

現代の中国は中央集権的な監視社会として、欧米からは一種の「ディストピア」のように思われている。その渦中で自国が抱える根深い問題を直視しつつ、そこに生きる人々の感覚をこれほど瑞々しい言葉で表現できる作家がいることは、驚きであると同時に希望でもある。彼女の小説は中国SFのファンだけでなく、より多くの読者の心に訴えかけるはずだ。