3月13日、ニュースで流れた、ある女性の満面の笑み――。57年前に起きた一家4人殺害事件の容疑者として逮捕され死刑が確定していた袴田巖(はかまた・いわお)さん(87歳)の姉、ひで子さん。東京高裁から巖さんの裁判の再審開始決定が出された瞬間だった。20日、その再審開始確定の報せが届いた場に報道関係者として唯一居合わせたジャーナリストが聞く、ひで子さんの半生と今の心境は(構成・撮影=粟野仁雄)
「とってもいいことあったよ、もう安心しな」
3月20日、静岡県浜松市の袴田ひで子さん宅に、東京高検が特別抗告を断念したとの報が入った。これで13日に出た再審開始が確定したことになる。続く再審では無罪となる公算が高い。嬉しさのあまり、支援者の女性と抱き合ってくるくる回るひで子さん。
そこへ巖さんが日課のドライブから帰宅した。ひで子さんは、「よく頑張った。巖の言った通りになったね」と、頬を寄せんばかりにして伝える。巖さんはぽかんとした表情だ。
死刑執行の恐怖に怯えながらの長年の獄中生活で、巖さんは精神のバランスを崩している。今も拘禁反応の影響が残り、会話は困難だ。釈放から9年、支援者に支えられ、ひで子さんと暮らしている。
――巖は糖尿病はありますが、とても元気です。日課だった散歩は、支援者に運転してもらってのドライブに変わりました。最近は朝、「カマタに行かなきゃ」と言うのです。知らない土地の名を言わないでしょうから、若いころ、東京の蒲田(大田区)に住んだことがあったのかな。自分を「最高裁長官だ」と言うので、ドライブでは浜松の裁判所の前を通ってくださいますよ。
3月13日、東京高裁で決定書を受け取った角替清美弁護士が「再審開始だって」と叫びました。私は報道陣の前で思わず涙ぐんでしまい……。トシで涙腺が緩くなっているんでしょうね。
巖には翌日帰宅して伝えました。説明しても理解は難しいだろうから、「とってもいいことあったよ。もう安心しな」とだけ。ぽやんとしていましたけど。
巖の頭のなかではすでに裁判は終わり、自分は勝ったことになっています。私が帰るまで、新聞をじっと見ていたそうです。自分の写真が大きく出ているから。再審開始決定なんて、彼には当然のことなんです。