乗り降りの負担を減らし、「一人でできる」をサポート

家族の思いやりを感じる車

私が開発を担当する福祉車両を実際に使っていただいているお客様からは、とてもいいお話を伺います。たとえば、初めて購入した車が福祉車両だったという20代の女性は、日ごろから一緒に買い物に行くおばあ様が、少しでも楽に乗り降りできる車であることを第一に選んだといいます。またある農家の男性は、足の悪いお父様といっしょに田んぼの様子を見に行くことができるようになったといいます。福祉車両があることによって、高齢者の活動範囲がぐっと広がり、ご家族と幸せな時間を持つことができるのです。このような家族の優しさをサポートするモノづくりができることに、やりがいを感じています。

福祉車両でより多くの高齢者の移動をサポートしたいという考えをずっと持っていましたが、実際には「福祉車両」という言葉には「自力で乗り降りできない人のための車」というイメージがあり、販売する我々にとってもハードルになっていました。営業スタッフもお客様に対して「失礼にあたらないか」と気を使ってしまい、おすすめしにくいと感じていたのです。ですから、杖や手押し車を使われる方は、少々無理をしても普通の車での乗り降りを強いられていたのだと思います。

しかし、私が通院している病院で、来院される方の様子を観察すると、高齢者はゆっくりと時間をかけ、本当にしんどそうに助手席や後部座席から乗り降りしています。そこでいよいよ、福祉車両と普通車の橋渡しをする車が必要だと実感したのです。

本当に使いやすいモノを作る

一般的に車の開発にあたり、運転する人に使い心地をお聞きすることはあっても、同乗者のご意見を聞く機会はあまりありません。特に病院などに送迎してもらう立場の高齢者は、遠慮もあって「乗り降りがきつい」とは言いにくい。だからそうした声が届きにくかったのですね。

そこでダイハツの普通車両のセクションと、福祉車両の部門を合体させ、部門の垣根を越えた車の開発を始めたのです。介護施設に通い、のべ１０００件以上の乗り降りを観察し、ご意見を伺いました。

開発の際に頼りになったのが、これまで培ってきた産学連携のネットワークです。ダイハツは２０１７年から地域密着プロジェクト「健康安全運転講座」を実施しています。これは産官学民で連携し、高齢者の事故低減、自立支援を目指す取り組み。このプロジェクトに参画している理学療法士の先生や鈴鹿医療科学大学に、今回の開発にもご協力をいただき、産学共同研究というかたちで進めることができたのです。

その結果、新型「タント」には３種類の装備を用意しました。取り付け位置や形状にとことんこだわったグリップ。幅も広く安心して使えるオートステップ。グリップと合わせて絶妙な角度で乗り込めるよう計算した、助手席のターンシートです。

これらは車全体から見ればささやかな機能かもしれません。しかし納得できるまで何度も試作品を作り、モニター試験でシニアの方々のご意見を伺い、改良を重ねました。その結果、これらを使用すると乗車時の重心移動がスムーズになり、乗降の満足度が格段に上がったのです。小さなことにも徹底的にこだわり、お客様と一緒に作り込む。今回はモノづくりの壁を一つ破った気がします。

私たちの新しい試みにより、社会全体に高齢者が少しでも生活しやすくなるようなサービスや商品が広がっていったらいいですね。それがシニア層の活動範囲を広げ、健康寿命を延ばすことに繋がると嬉しいです。