バブルの地上げ攻勢とその後の崩壊で再開発が止まり10数年放置。それゆえ残っていた貴重な琺瑯看板。(写真提供:二見書房)
新宿区「高田馬場」にある「戸塚」第二小学校の門柱に掲げられている「諏訪町」。(写真提供:二見書房)
『旧町名さがしてみました in東京』(著:102so/二見書房)
由来は熊野十二所権現。熊野神社のHP アドレスは「12so」。著者は数字が分かれた「102so」。(写真提供:二見書房)
熊野神社境内にある1/144スケールの十二社滝&池。2 つに分かれた池が特にそれっぽい。(写真提供:二見書房)
6代目三遊亭圓生(えんしょう)の代名詞。居住期間は意外と短い14年。なお、柏木の真のパワースポットは成子天神社。(写真提供:二見書房)
角筈の由来の1つが、この地の開拓者である渡辺氏の髪が角や矢筈っぽい束ね方だったから。(写真提供:二見書房)
三光院の三光は、日・月・星の3つの光源から成る三光石から。(写真提供:二見書房)
もし三光町が花園町を選択していたら。新花園町や花園本町……花園神社由来の町名だったのかな。(写真提供:二見書房)
1911(明治44)年以来104年ぶりに四谷坂町が復活したことで坂町は旧町名に。(写真提供:二見書房)
市谷本村町+四谷塩町=本塩町。町名候補は本塩町、四谷本塩町、四谷塩町、四谷東。票数は本塩町が最多。(写真提供:二見書房)
箪笥町+北伊賀町+新堀江町+3町が栄えるように=三栄町。誕生は昭和18年という珍しいタイミング。(写真提供:二見書房)
全盛期は4丁目まで存在していたものの、現在は極一部に残る1丁目のみ。というか旧町名じゃないよね。(写真提供:二見書房)
いつから外苑マーケソだったんだろう。(写真提供:二見書房)