それでも心配は尽きない。この先、近所と良い関係を保っていけるか。町会の役員が回ってきたら、対処できるのか。近所の人は決して言葉には出さないが、加藤家の長男が引きこもりだと感づいている。
「先日、引きこもりの青年が殺人事件を起こしたというニュースを見ました。私もご近所の方にもけっして他人事ではありません。あのニュースを見て息子は、『テレビは悪いことばかりを報道するね』と感想を述べました。夫の死も見ているし、善悪の判断はつくと信じています」
加藤さん自身がひきこもりの親を対象にしたカウンセリングを受けたことで、親子関係も好転しつつある。息子は「あんた変わったよね。聞く耳を持つようになった」と話すようになり、かつては成立しなかった会話のキャッチボールができるようになった。生きている間に、さらに距離が縮むのを加藤さんは願っている。
自分らしく生きていたい
日本のような高齢社会では、高齢者が高齢者をみる「老老介護」が否応なしに迫ってくる。中には不幸にも深刻な事件になることもある。
2016年5月、東京・町田市の都営団地で事件は起こった。92歳の夫の首を絞めて殺した後、87歳の妻がベランダで首を吊って自殺したのである。遺書には「じいじ、ごめんなさい」と書かれていた。
数年前から夫には認知症の症状が表れ、今年に入って目も不自由になったうえ、車いすなしでは生活できない状態に。介護に疲れ果てた妻は夫を介護施設に入れようとしたが、当初はひどく嫌がった。それでも説得して入所を決めた直後の無理心中だった。
夫婦が暮らしていた団地で聞くと、隣人は一様に「なぜ?」と首をかしげる。長男長女は二人をちょくちょく見舞い、気にかけていたという。妻の献身的な介護ぶりは近所でも評判だった。彼らのように仲の良い老夫婦の不安や悩みを、周囲はどう察知して、解決していくべきなのだろうか。
千葉県在住の東實さん(94歳)と月恵さん(90歳)夫婦は、互いを補完し合うように毎日を送っている。實さんは、加齢による黄斑変性症で左目がほとんど見えない。かたや月恵さんは、耳が遠い。右耳は補聴器を使用しても聞き取れず、左耳で聞くが、自分の声も聞こえないという。
「病院へは、いつも一緒に行きます。『補聴器を連れてきましたよ』と言うと、先生方が笑うんです。私は体がふらついて何度も転んだことがありますが、夫はいまだに自転車に乗って遠出します。心配になって、携帯電話でどこにいるかを確認するくらい元気です」(月恵さん)