光熱費が上がってはいけないと、テレビも長い時間は見ない。少しでも孫にお小遣いをあげたいと、4畳半の自室でスカーフにアイロンをかける内職をしている。それを見た嫁の母親からは、「みっともないからやめなさい」と叱責されたとも言い、家では孤独のようだ。
「もっと胸を張ったらいいのに、家族に遠慮して生きている。周囲には友人がいて支えていますが、頼れるはずの家族に窮状を伝えられないのです」(山川さん)
家族がいても孤独。そんな女性は少なくないのではないか。
「あんたが死んでも、なんとかなるさ」
長生きしていると、子どもを残していく不安もある。
関東地方に住む会社員の加藤正子さん(80歳)の悩みは、20代半ばからひきこもり生活をしている長男(55歳)の将来だ。20年前までは、ときどき短期アルバイトをし、趣味のオーディオ機器を買いに秋葉原に出かけることもあった。しかし今ではずっと家にいる。
「夫が亡くなった15年前に遺産を分割しました。今はインターネットバンキングでお金をやり取りし、欲しいものを購入しているようです。一緒に食事をすることもありますが、ほとんど別々。お互いのペースで暮らしています」
長男がひきこもりになった理由は、正確にはわからない。同級生や同僚にいじめられたこともなく、きっかけとなる出来事も思いあたらないと言う。加藤さんは「私が希望した『良い大学を出て良い会社に入る』コースに乗れなかったことが原因ではないか」と分析する。
「私のきょうだいは私だけ高卒で、ほかはみな大卒。家庭の事情で進めなかったので、私に引け目があったのかもしれません。親の介護と仕事、夫の病気の看病など、本当に忙しい人生の中で一方的に『やりなさい』と命令するばかりで、きちんと向き合ってこられなかったのです」
少し前までは、「私が死んだら、この子はどうなるのか」と不安でいてもたってもいられなかった。貯金を使い果たしたら、仕事もなく生活していけるのか。食事や買い物は、と生活面でも不安材料は山積。すでに嫁いでいる長女からは、「お母さん亡き後、お兄さんの面倒は絶対に見られない」と言い渡されていた。
数年前「私が死んだらどうするの」と長男に聞くと、「あんたが死んでも、なんとかなるさ」と返されたという。その返答に加藤さんは覚悟を決めた。家や土地の証書を1ヵ所にまとめ、預金、支払うべき料金などのことを長男に少しずつ説明し、将来に向けて徐々に準備を進めている。