私は私

タキ そう。戦争中はオランダの母方の祖父の家で暮らしていて、ドイツ軍が侵攻してきた日の恐怖を覚えていると言ってたわ。食べる物がなくて苦しんだこと、連合軍とドイツ軍の激しい戦場になったこと、そして戦後、ユニセフの食料、医薬品配給の恩恵を受けたことが、後年の彼女の行動に繋がるのだけれど、戦争体験は大きいわね。

まさし君のご両親、私の両親もそれぞれ重なる部分があるでしょう……。

ところで彼女とのエピソードは、いーっぱいあるんだけれど、この話はぜひ話しておきたいの。

1982年の2回目の撮影のときに、『ローマの休日』の彼女の写真を大きく引き伸ばしたものを背景に、今の彼女が語るという提案をしたのね。そうしたら、それまでずーっと協力的だったのに、突然「No, no」とおっしゃったので、何が気に入らなかったのかとみんなビックリした。それくらい毅然として「No」とおっしゃったんです。

そのとき彼女は53歳。こうおっしゃったの。

「この写真は誰が見ても綺麗。私が見てもそう思う。だって若かった。22~23歳ですもの。でも、あのときの私のお腹の中をどなたがご存じでしたか。

お腹の中には蝶々がいつも飛んでいました、バタバタバタバタ。私の人気はいつまで続くの? 私はこれからもいい脚本家に出会えるの? いい演出家に、いい役者さんに会えるの? 私はどうなる? あと何年これが続くの? もう常に不安におののいていたの。

そんな情緒不安定な私から今は人生の体験を重ね、たしかにシワは増えました。だけど、このシワは自分で誇れるシワです。

それだけ多くの愛も知りました。愛する対象も見つかったし、愛されることも、その重みも知りました。今、お腹の中にバタバタと、蝶は一つも飛んでいない。その私を見てほしい。

この写真が後ろにあるということは、いつまでも私が当時の若さ溢れる自分を誇っている、この過去の栄光と人気に私がすがっていると誤解をされるのが嫌なんです。

私は今、明らかに成長しているの。この写真を背景に私が今を語るってことはあり得ない。私は今、明日に向かって生きています」とおっしゃって。「でもこのシワはなるべく紗(しゃ)をかけて綺麗に撮ってね」とウインクなさったの。

『さだまさしが聞きたかった、「人生の達人」タキ姐のすべて』(著:加藤タキ・さだまさし/講談社)

まさし 今のお話を伺って、ヘプバーンが晩年に出た『オールウェイズ』って映画、あのとき僕は映画館で見て衝撃を受けたんだけど、その理由が腑に落ちた。つまり私は私という、自分というものを本当に大切にしてたのね。

その真意はどこから来るかというと、僕はソフィア・ローレンが「私生児であった、しかし生まれながらにして知恵と貧困を両手にしてきたことを誇りに思っている」ということとか、ヘプバーンが厳しい少女時代を生き抜いて、たまたまあの当時、美しく生まれついてたこともあって、ハリウッドで人気者になった。そういう人たちのお腹の中の底にある自分を大切にするっていうのは、これわかります。

しかし、タキ姐にしても、ヘプバーンやソフィア・ローレンにしても、一人の女性が出来上がっていくのはすごいね。男にはおそらく理解できないような次元の違う何か凄みが女性にはあるんだね。