ご近所に恵まれていたのか、いなかったのか

さらに2日後、女性の家に行くと、40代くらいの男性がいた。挨拶もそこそこに、わが家の売却希望価格やローン残債、設備状況などを畳みかけるように聞いてくる。あの雑談からどうしてこんな展開に?!

「お話を聞くだけですから」と言う彼と、「彼に任せたら全部うまくやってくれる」と言う女性に気圧されたが、「家は夫の名義ですから」ときっぱり断って逃げ帰った。夫に話すと、「お金のにおいがした途端、本性が出たんだね。怖いね」とあきれ顔。

不動産売却を任せると言わなかった私に見せた、「逃がさないよ」と言わんばかりの恐ろしい彼女の顔が忘れられない。

しばらくして今度は町内に住む男性が突然訪ねてきた。30代独身、近所に実家がある。「僕、Aの販売を頑張ってるんです。あなたも始めてみませんか」とあやしい商品購買システムに勧誘され、またびっくり。

それから数年後、私たち一家は、人間不信の芽が大きくなる前に引っ越した。新しい土地で今はゆるい近所づきあいをして暮らしている。

当時の私はご近所に恵まれていたのか、いなかったのか――。思えば下町人情に厚い人が多く、子ども同士も親同士も自然と仲よくなった。ゴミ袋を突き返しにきた高齢女性は、町内の生き字引みたいな存在で、新参者を突き止めるのも朝飯前。最初は苦手意識もあったが、面倒見がいい方で、尊敬するようになった。

隣家とは微妙だったが、ほかの家とは友好的で、用事があれば協力し楽しくやれていた。そう考えると、「ご近所に恵まれていなくもなかった」のかもしれない。