料理コーナーを担当するように

そんな数あるイタリアンの中でも当時評判だった高級店へ友人に誘われて行った時のことだ。メニューを開くと、私が貧乏時代に毎日食らっていた、“素うどん”ならぬオリーブオイルにニンニクと鷹の爪と塩コショウだけで味付けした“素パスタ”が、1500円で振る舞われている。「ありえない……」と心中の思いを隠すことのできない私は、目の前で美味しそうにスパゲッティを食べている友人に向かって吐露していた。

「これはおそらくイタリアでも最もコストの掛からない一品で、原価はおそらく100円を切っていると思う」

『貧乏ピッツァ』(著:ヤマザキマリ/新潮社)

私の発言に戸惑いが顕わになった目で私を見ていた友人だが、咀嚼中のパスタをワインで流し込み、周囲に店員がいないことを確かめて、「ほんと? それ」と小声で問いただした。

私はかつて自分が週に3度以上もこのパスタを食べていたこと、自分たちと同じようにお金の無い友人の家へ行ってもこのパスタが出てきたこと、少しゆとりがある時は50円くらいのトマト缶を買ってトマト味にすると最高にゴージャスな気持ちになれたことなどを機関銃のような勢いの喋りで放出した。

店の人に聞こえようが聞こえまいが、とにかく日本における表層的なイタリアのイメージに同調できずにいる私のストレスは、それらの言葉に変わって放たれ続けた。

すると、隣のテーブルに座っていた立派な身なりの紳士が突然私を振り向き、「どうしてもあなたの声が耳に入ってきてしまうので、すっかり聞いてしまいましたが、もしあなたの言っていることが本当ならば、ぜひテレビで“簡易ローコストイタリアン”というのを紹介してもらえないでしょうか」と声を掛けてきた。

その札幌のテレビ局のプロデューサーとの出会いがきっかけとなって、私のイタリア料理コーナーがテレビで設けられることになったのである。