おっさん(1)相楽のおっちゃん
相楽のおっちゃんは週2回程のペースで我が家に来ていたレギュラーのおっさんだ。日焼けした肌に口ひげを蓄え、白いキャスケットをかぶり、くたびれたセカンドバッグを小脇に抱えていた。めちゃくちゃ胡散くさかった。
レギュラーなのでもちろんインターホンも鳴らさない。フラッとやってきては、挨拶もなしにドカッと座る。そしてバカみたいに大きい声で喋る。それも酒が回ってくるにつれてどんどん大きくなるのではなく、シラフで話す1音目からしっかり大きい。
親父に相楽のおっちゃんとの関係性を聞くと、「飲み屋で会うた」とだけ言った。飲み屋で知り合っただけのおっさんがなぜ我が家の常連になるのか謎だった。「高頻度の訪問」の必要条件には、「たくさんの共通の思い出や絆があること」という項目はないのか。
たまに親父の帰宅よりも先に相楽のおっちゃんが来ることもあったが、気まずさなんぞは微塵も見せず、料理を作るおかんの背中に向かって延々と喋り続けていた。
相楽のおっちゃんが来ると、テレビの音が聞こえなくなるのがたまらない。うちにはテレビが1台しかなかったから、見たい番組と相楽のおっちゃんの来訪の時間が重なったときは最悪だった。
兄ちゃんと二人で大急ぎでごはんを食べ、テレビのすぐ前に座ってボリュームを上げる。当てつけのつもりだったが、おっちゃんは「そんな近くで見たら目ぇ悪なるぞ〜」と言うばかりで気づいてくれず、結果ボリュームはどこまでも大きくなる。
そのうちおかんが「やかましい!」と怒り、おっちゃんが「言われてんぞ〜」と笑い、私が「だって聞こえへんねんもん!」と喚く。ゲッツーのようなテンポの良い一連の会話が毎回懲りずに行われた。
相楽のおっちゃんはデリカシーがまるでなく、私が思春期にさしかかった頃には平気で「愛子なんやお前、化粧とかして色気づいて。男できたんか〜」と聞いてきた。今の時代なら一発アウトの、快活なセクハラだ。
おかんが「こう見えて相楽さんは、大学教授なんやで」と言ったが、なんの挽回にもならなかった。私の脳に「大学教授にロクな奴はいない」が刻み込まれた。